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妹の来訪が本当に嬉しいらしく、ティルシーがそのまま『お茶でもしましょ』と引き摺ろうとするが、そういう訳にも行かない。
エリルシアは領邸に用があって訪れたのだ。
お茶だのに付き合うにしても、まずは用件が終わってから…と、やんわり言えば、ティルシーは引き下がってくれる。
ティルシーの事だから、『約束したから反故にされる事はない』くらいに思っているのだろう。
微笑ましい反面、それでこの先侯爵夫人が務まるのだろうかと些か不安にもなるが、自分が心配する事でもないか…と、苦笑に留める。
エリルシアはそのまま2階奥にある書庫へ向かう。
今手にしている『蔓の姫と5つの宝玉』という謎の本も、元々は其処に置かれていたものだ。
書庫の扉を開けると、懐かしい様な寂しい様な、自分でも戸惑う感覚に襲われる。
普段からティルシー夫婦は使っていないのだろう。
エリルシアが最後に使った時のまま、机の位置も何も変わっていない。
まるで時間が止まったような目の前の光景に、書庫で祖父母から色々と教えて貰った時の幻影が浮かびそうになった。
とは言え、今はそんな感慨に耽っている暇はない。
本を机に置いて、書棚を見て回る。
(もし…ロザリーが消えていない事が次の災いに起因しているのだとしたら、領史の何処かに残ってないかしら。
まぁ今回の様な瘴気に端を発する災害の記録なんて、聞いた間隔だと残ってる可能性の方が低いのだけど…。
それに『5つの宝玉』とあるのに、名が書かれているのは『逆さ花のロザリー』と『杯花のケテル』のみ。
後の3つについては書かれていないのも気になるのよね…)
やっと見つけた領史の頁を開く。
古いモノだから劣化がかなり激しい。慎重に捲らないと簡単に破れてしまいそうだ。
(あぁ、此処も邸をを出る前にちゃんと確認するべきだったわね。
領史なんてきちんと次代へ引き継がないといけないものなのに…)
尤も、そんな事に掛けるお金も時間もなかったのが本当の所…。
最初からそこまで期待していた訳ではなかったが、やはりと言うか何と言うか……水不足を始めとした異変は、これまでもウィスティリス領の各地に散見されるが、今回の様な年単位での異変と言うのは見当たらない。
仮に前回があったとしても、領史よりも更に古い時代の出来事なのだろう。
(領史はやっぱり無駄足だったわね……いえ、わからないと言う事がわかったのだから、それも大事な情報よ。
少なくとも今回同様の異変は、ウィスティリス家がこの地に足を踏み入れてからはなかったと言う事だもの。
となると……童話の方を探してみた方が良さそうね。
それにしても逆さ花……逆さ花は藤だとして杯花?
何の比喩かしら……杯の様な花って事?)
ぶつぶつと独り呟きながら、領史を一旦書棚に戻し、『蔓の姫と5つの宝玉』に関する本を探し始めた。
そうしてエリルシアが本の背表紙を必死に睨んでいる間、ロザリーはと言えば大人しく……はしていなかった。
いや、その言い方では語弊がある。
別に暴れたり喚いたり、走り回ったり等々をしている訳ではない。
静かに、だけどとても物珍しそうに書庫の中を歩き回っていた。
現在エリルシアが住んでいる小さな家には書庫等ないので、物珍しいのだろう。
歩き回っていたロザリーが足を止める。
不思議そうに壁を見上げた。
こてりと首を傾げて、たっぷりその姿勢を維持してから、ロザリーはエリルシアの方へ向かう。
そしてつんつんと袖端を掴んで引っ張った。
「…ロザリー?
何?」
不思議そうなエリルシアを、ロザリーは尚も引っ張ろうとする。
「何なの?
…って、ちょっと、そんなに引っ張らないで、破れてしまうわ」
思い立ったが吉日で、家を飛び出したために、エリルシアの装いは普段の簡素なワンピース。
まだそれほど寒くなっていない時期なので、それでも問題なかったが、下手をすると平民より質素な衣服は、強く引っ張れば簡単に破れてしまうだろう。
「ちょっと、待って、引っ張らないで」
「エリルシア…これ、何?」
ロザリーに引っ張られて行った場所は書棚と書棚の間にある隙間。
人一人くらいなら隠れられそうな隙間だが、奥まっていて、普通なら気付きもしなかったに違いない。
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