29
噛み締めた下唇を解き、ラフィラスが深呼吸をしてから口を開く。
「レ、レヴァンは…本気…じゃ、ない…よね?
……彼女は僕の婚約者候補だよ!」
弾かれたようにラフィラスが声のトーンを引き上げたので、レヴァンも吃驚している。
いや……レヴァンだけでなく、エリルシアも疑問符乱舞の刑に処されていた。
「婚約者候補って……とりあえず高位令嬢と見合いをしたと言う、既成事実を作っただけだと聞いておりましたが?」
「それは…違う…違うから」
何が悲しくて王子と公子の会話のネタにされなければいけないのか……。
エリルシアはそっと溜息を吐いた。
(冗談じゃないわ。
こんな美形に名を呼ばれるなんてただの罰ゲーム。他の御令嬢達を敵に回すだけの愚策でしかないわよ…。
私は長生きしたいの。
波風の立たない平穏な人生を御所望よ。体力気力その他諸々、削られまくった挙句の過労人生なんて、避けたいと思っても罰は当たらないわよね!?
って、そう言えばそうだったのよね…私ってば王子の婚約選定の生贄だったのをすっかり忘れていたわ。
アーミュさんの事もあったし、最初から逃走の構えだったものね……それなのに図書館と魔具というご褒美が魅力的過ぎて……っていけない。
また思考の旅に出てしまう所だったわ)
ラフィラスとレヴァンが向かい合って話し込み始め、エリルシアから意識が逸れると、そっとその場を離れ図書館へ急いだ。
エリルシアは図書館の扉を見上げる。
かなり古い意匠が重厚な扉全体に歴史の長さを感じさせて、エリルシアが貸与されている鍵に相応しい外観をしている。
手に余りそうな程大きな鍵を、鍵穴に差し込んでゆっくりと回せば、ガチャンと重く低い金属音が響いた。
見上げる程の書架に、所狭しと並べられた本達が出迎えてくれる。
窓はなく、人の出入りで反応する証明魔具だけが此処の灯りだが、白熱灯の様な暖かみのある色合いで落ち着く。
手前の書架はほぼ探し終えていて、残るは最奥の棚が1つ。
此処の全ての本達に目を通したい衝動に駆られるが、流石にそんな事をしていては何時まで経っても領地へ戻れないので、諦めの溜息と共に目的の単語を本達の背表紙に探し始めた。
『魔法、魔法……』と、図書館内には自分一人なのを良い事に、盛大に独り言をつぶやきながら視線を走らせる。
時折、並びがおかしい本達に気がつけば、入れ直したりもするので遅々として進まない。
窓がないので時間の感覚が鈍る。
しかし身体の凝り具合からも、かなり時間が経過している事は間違いなさそうだ。
今日も何の収穫もなく、自分を落ち着ける為にも小さく深呼吸をした。
気になる本を片端から抜き出して、中を確認しているので、今日もそろそろ片付けを始めないと夕食を食べ損ねてしまうかもしれない。
気を入れ直し、片付けに立ち上がろうと机に手をついたその時…。
「これならどうかな…?」
管理者はほぼ訪れる事がなく、エリルシアの使用中は遠慮してくれる事も相まって、完全に気を抜き切っていた。
更に肉体的にも精神的にも、疲労が蓄積していたのだろう。
自分が他人の気配に気付けなかった事に愕然とする。
その沈黙をどう解釈したのか、声の主は数冊の本を机に置いた。
「これ、廃棄予定の本の中にあったんだ。
あまりに古くて読み難いし、あまり役立つ本でもないから、冬までに燃やすつもりだったんだって」
ラフィラスが少しだけ困ったように、だけど笑みを浮かべて立っていた。
「王子殿下……何故…」
ようやっと意識を自分に取り戻し、エリルシアが反応する。
「何故って…ウィスティリス嬢は本を探しているんだよね?
魔法って呟いてたから、そう言う関係の本を探してるんだと思ったんだけど、違った…?」
「!……ぁ、ち、違いません…」
独り言まで聞かれていたらしい。
不覚にも程がある。
それにしても、何時の間にラフィラスは近づいていたのだろう。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性があります。また、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、御暇潰しにでも読んで頂けましたら嬉しいです。
もし宜しければ、ブックマークや評価、リアクションに感想等々、とても励みになりますので、何卒宜しくお願い致します。
ブックマークや評価等々くださった皆様には、本当に本当に感謝です。
誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~等々が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つけ次第ちまちま修正したり、こそっと加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>




