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「ルシアン!」
ラフィラスの、喜色を含んだ弾むような声が飛び込んでくる。
『ルシアン』と言うのは、何度か会ってしまった時に、名を聞かれ、本名そのままを名乗る事が出来ずに口にした名前だ。
多分だが、もし本名を名乗っていたら、アーミュが怒り狂ったのではないかと思う。
アーミュ自身も、エリルシアの事を男と認識しているようなのに、それでも向けられる視線は常に対敵用で、彼女が居るだけで気力も体力もごっそり削られるような気分だったのだ。
咄嗟に、自分に向けられる負を少しでも軽減すべく、男性名を名乗った過去の自分の英断に感謝を捧げたい。
まぁ名前の後半部分ではあるので、全くの嘘と言う訳ではない。
必死に避けてはいたのだが、此処はエリルシアに地の利のない王宮。
生まれてこの方、此処で暮らしているラフィラスを出し抜くのは、とても難しい。
野生の勘等も総動員して、回避に成功した事は多いが、勝率100%とはいかなかった。
訓練を終え、出入り口から少し離れた所で、本日は捕獲されてしまう。
学院での授業が終わり次第、真っすぐ此処へ来ているのだろう。最近は学院の制服姿を目にする事が多い。
毎日訓練してる訳ではないので、待ち伏せの大半は失敗に終わっているだろうに、それでも止めようとしないラフィラスには、苦笑を禁じ得ない。
詰まる所、馴染んでしまったと言うべきか…。
「会えて嬉しいよ。
今日は何の訓練をしてたんだい?
昨日は会えなかったから、ちょっとがっかりしてたんだ」
「フィス様、こっちに!
ルシアン様は近づかないで!
そんな汗臭い……汚い恰好で、フィス様の前に出てこないでよ!」
また始まった。
一々反論するのも面倒だし、キリがないので放置しているが、いい加減辟易している。
待ち伏せしているのはラフィラスの方で、エリルシアが会いに来ている訳ではない。ましてや自分から望んで近づいた事等、ただの一度としてない。
第一、幼いとは言え女性である自分が、他の騎士や見習いに交じって汗を流せる訳もない。
言い掛かりも甚だしいが、そこは『お頭が半分花畑王子』に頑張って貰うしかない。
「アーミュ、僕がルシアンの邪魔をしてるんだ。
そんな事は言わないで欲しい。
ルシアンもごめん。アーミュに悪気はないんだ」
お優しい王子サマがそうやって庇うから、何時まで経っても彼女が成長しないのだと思うのだが、自分は一時的に王宮に留まっているだけの存在。
いずれ無関係になるのだから、態々面倒な役目を引き受ける必要はないだろう。
「………で、何?」
あえてぶっきらぼうに問う。
途端にアーミュが目を吊り上げた。
「フィス様に向かってなんて言い方なの!?
謝りなさいよ!!」
「アーミュ!!」
「!」
ラフィラスの怒鳴り声なんて初めて聞いた。
もしかしたらアーミュも初めてなのかもしれない。大きな目を更に大きくに見開いて、信じられないと言いたげな表情で固まっている。
「アーミュ、僕が大好きだったアーミュは何処へ行ってしまったの?
いつだって笑って僕の傍に居てくれたのに……どうして…」
「フィス……」
伸ばしたままの両手を拳の形に握りしめ、ラフィラスは唇を噛んで俯いた。
アーミュが助けを求める様にエリルシアに視線を送って来るが、これまでの不快感から、宥める気等最初から湧くはずもない。
というか『敬称が抜けて居ましてよ?』なんて、内心で突っ込みを入れている。
そんな重苦しい空気を破ったのは、ホメロトスの能天気な声だった。
ラフィラスの怒声で此方に近づいてきたのかもしれない。
「おお、ウィスティリス嬢もおったのか。最近は会えておらなんだが、元気そうで何よりじゃ。
にしても…フィス、どうしたんじゃ?
もしや喧嘩する程仲が良くなっておったとか……かの?
そうかそうか、フィスよ、でかした。これから婚約者の『候補』程度なら受け入れて貰えそうで、儂も一安心じゃ」
あぁ、ホメロトスはこういう人物だった――と、エリルシアは思わず手で顔を覆い、天を仰いだ。
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