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「……ぁ、その…」
ベスピネは『はぁ』とこれ見よがしな溜息を吐く。
「ベネティ様でしたらもう……」
「ぅ……」
本当にわかり易い人だ。
隣国ロズリンドから嫁いできたベネティは、大国ネデルミスの女性達から最初の頃は侮られ、格下に見られていた。
突然隣国からやって来て、令嬢達の熱い眼差しを集めていたザッタニフ公爵の妻の座を掻っ攫う形になった為、目の上の瘤のように思われていたのは間違いない。しかし、気品や所作、何をとっても太刀打ち出来ないと気付いてからは『憧れ』とまでは行かずとも、しっかりと受け入れられるようになっていた。
キャノリーヌもその一人だ。
自分が苦手な腹の探り合い等も、あっさりとして退ける彼女に、次第に心酔していった。
茶会等の催しの度に距離を縮め、今や友人としての座は揺るぎないと思っていたのだろうが、ベネティはいとも簡単に生国ロズリンドをとった。
まぁ、キャノリーヌに限らず、恐らく夫であるザッタニフ公爵もそろそろ駆け込んでくる頃合いだろう。
それはさておき……。
「で?
何を聞きにいらっしゃったのかしら?」
「……ベネティは…もう戻ってこないつもりかしら…」
「さぁ、わたくしにもわかりませんわ。
ただ言える事は、これまで過ごしてこられたネデルミスは、小母様にとって一番ではなかったという事ですわ」
「………」
言い逃れのしようもない程、あからさまにしょげかえるキャノリーヌに、ベスピネは諦観を滲ませて首を横に振った。
「わたくしも把握しきれていませんでしたし……後の祭りですわね。
調べてみましたけど、カプシャもプルチェも、自身の宮にはもうおりません。
少し前に東の離宮へ向かう申請を出していたようですけど……仕える主人に似たのでしょうね、侍女もしくは侍従が提出忘れをしていたようです。
小母様が何処からあの二人の矛先がロズリンドだと知ったのかは、わたくしにもさっぱりですの。
ですがまぁ、小母様ですしね」
「……そうね…。
ベネティに掛かったら、わたし達なんて……」
「まぁ、良くも悪くも平和ボケですわね。
お父様も清々しい程の脳筋っぷりですし、あれで他国を攻めるとか言いださないだけマシと言うものでしょう。
ですが油断していましたわ……あのお父様でさえ、現状他国との協調路線を選択しているというのに、そこに石を放り込むような愚か者がこんな身近にいようとは……」
ギリと音が鳴りそうな程歯を食いしばるベスピネに、キャノリーヌは怪訝に眉を寄せた。
「愚か者って……まぁ、その通りだけれど……。
でもネデルミスの方が大国だし、何とか穏便に終わらせる事は出来ないかしら……」
ベスピネはジロリと母親を睨み付ける。
「お母様……お母様も平和ボケが酷かったのですね?
ほんと…何を寝言をおっしゃってるのやら…。
あまり話題に上りませんけど、今やロズリンド王国の国力は我がネデルミスのそれと、然して変わりませんのよ?
本当に御存じなかったのです?
本当に興味もありませんでした?」
ベスピネは暢気な母親の様子に、がくりと肩を落とす。
「この数年で彼の国の食糧の輸入は減り、反対に我が国の方が輸入増大しているくらいですわ。
軍の強化も滞りない様で、ネデルミスとの国境だけでなく、ツヌラダ他との国境警備にも隙はないようです。
その上、相手の警戒心を無駄に高める事無く増強していたのですから、大したものと言わざるをえません。
わたくしも、気付いたのはそんなに前の事ではありませんのよ。
まったく…街道整備と言いながら裏では…なんて、何方の発案なのやら…」
「そ…そうなの?
そんな……じゃあもし本当に戦争にでもなったら……」
「えぇ、我が国も無傷とは行かないでしょう。
反対に此方の方が被害が拡大しそうですわ」
やっと事態は深刻だと気付いたらしい。
『お友達が引っ越して行っちゃった』なんてレベルの話ではないのだ。
「大体、ティリエラ様が降嫁なさった国に手をだそうだなんて……。
どう転ぶかはわかりませんけど、わたくし達に出来る事はしなければ…。
とりあえずロズリンドとの国境の方へは人を送る指示を出しました。
カプシャとプルチェの思惑も調べながらになりますが、そこは小母様の言葉を信じるのが得策でしょう。
後はもう……いい加減お父様、そしてお母様にも、しっかりと働いて頂かないといけませんわね」
ベスピネの少々冷ややかな視線に、キャノリーヌは縮こまった。
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