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大慌てでティルナスとマーセルが一礼する。
「申し訳ございません。
まさか殿下がいらっしゃるとは思わず…」
「いや、僕も声を掛ければ良かった」
柔らかな微笑みで首を振るラフィラスに、ジョストルが手紙を差し出した。
受け取ったラフィラスも書面に目を落とす。
「……うん、これで間違いないね。
ギアルギナ卿もウィスティリス卿も、忙しいのにありがとう」
ラフィラスはそう言うと、くるりと背を向け退室しようとする。
その様子に、ジョストルが目を吊り上げた。
「殿下…まさか揉み消すおつもりではないでしょうな…?
本気でレヴァンに全て押し付ける等と言いだすのでは……」
ジョストルの静かな激高に、ラフィラスが眉を顰めた。
何の事だかさっぱりわからないティルナスとマーセルも、尋常ではない雰囲気に目を丸くしている。
「公爵、落ち着いて、僕は…」
「これが落ち着いて居られますか…。
私はレヴァンをネデルミスにくれてやるつもり等欠片もない!」
ラフィラスは困ったようにティルナスとマーセルと見てから、小さく深呼吸をした。
そして年齢にそぐわない……何処寂しげで儚い微笑みを浮かべて首を横に振った。
「大丈夫。
レヴァンを犠牲にするつもりなんて、僕にもないよ…だから、今は落ち着いて欲しい」
自分が何を口走ったか、やっと気づいたようにジョストルは口元を手で覆った。
「ぁ……私は…何を…」
酷く張り詰めた沈黙が落ちる。
誰もが何を言えば良いかわからなくなっていたが、その沈黙を破ったのはマーセルだった。
「……殿下、閣下…レヴァン公子をネデルミスに…とは、どう言う意味です?
外交に携わる者として、聞き捨てならないのですが…」
筆頭公爵家の当主として長く生きてきたジョストルにしては、珍しく感情が駄々洩れで、弱り切った色がその表情に浮かんでしまっている。
ラフィラスは諦めた様に息を吐いて、足元に虚ろな目を落とした。
「まだ、口外はしないで欲しい」
そう言ってネデルミスから届いたという怪しい書簡を、マーセルの机の上に広げる。
「読んでも?」
ラフィラスが頷く。
書簡を食い入るように見つめるティルナスとマーセルの顔が、どんどん険しさを増していった。
「こんな乱暴な言い分が正式な書簡…?」
ティルナスはエリルシア絡みで、ラフィラスやレヴァンに思う所があるだけで、嫌っている訳ではない……いや、一時は本気で憎んだが……。
だが…当のエリルシア自身が、二人に対して嫌悪も恨みも持っていないのだ。
傍目には、どちらかと言うと好意を持っているようにさえ見える。
ラフィラスから貰ったという古い…本にも見えないような本も、レヴァンから貰ったというエメラルドも、自分には分不相応だと言いながら、それでもエリルシアは大事にしているのだ。
そんな娘の行動に絆されたのかもしれない。
だから『どうでもいい』と突き放す気分にはなれず、コートを脱いで仕事の態勢になった。
「ネデルミスからの正式な書簡とは思いたくないけど……けれど印章なんかは正式なものだな」
「いや、正式な物なら何故此処に届かない?
まずそこからしておかしい」
ティルナスはマーセルの言葉に応じながら、書簡を裏返したり透かしたりして確認し始める。
だが、ラフィラスがそれを止める。
「ウィスティリス卿。
帰領すると聞いたよ。こっちは良いから気を付けて帰って。
ギアルギナ卿も……この件についてはまだ調べてみないとわからない事も多い。だから今は知らぬ振りをしてくれると助かる」
そしてジョストルの方へ顔を向け、ラフィラスは続けた。
「公爵も……今は先に調査を優先しよう。
そして、もし仮にロズリンド側の落ち度だとはっきりしたら……」
微かに言葉を詰まらせるが、直ぐに消え入りそうな笑みを浮かべる。
「大丈夫。
レヴァンに行かせるなんて事は絶対にしない。
……僕が………僕が行けば済む話なんだから…」
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