俺魔法なんて使えねぇよ?
暇なときに流し見していってください。
この物語はフィクションであり、登場人物や他の物事に関係性は一切ございません。
「えっと…これは?」
正人はその光景を見て肩を竦みぽかんと口を開けていた。
パンをくれる条件として何かをしてほしそうなシーナ、その後ろをついていき…ついた先は一つの『ダンジョン』だった。
当然、知っている。アニメや漫画でよくある何層もあるその扉の前でシーナが両手に腰を当て、高々と話す。
「このダンジョンを攻略できたらパンをあげるわ!」
「シーちゃ…シーナさん、それはちょっと…」
路地裏で普通にため口で話していたのを聞いていたので今の誤魔化しを見て、全然無理だよ?という表情を浮かべるとともに、正人はジト目を向ける。
「えっと、本気で言ってる?」
至極当然の反応だ。正人はそもそもここの住人でもなければ、ファンタジー世界でありがちな魔力というものを一切として使えない。
ミアはその正人の部屋着姿、部屋で履くようなスリッパを見て何かを察していた。その察しは正人が転生者と気づいたのではなく、家族と何かあったのではという勝手な解釈だった。
しかしその隣にいるシーナはそんな様子、そぶりを見せることなく人差し指をビシッと正人の方に向ける。
「当たり前じゃない!ここのダンジョンは3階層…だけど1階だけ攻略出来ればいいわ!」
シーナは腰に手を当てていたのだが、その手が震えていると正人はすぐに気づく。何をしても完璧な正人は人の心を察するのにもたけていたのだ。
だがそれを指摘するほど正人の肝はすわっていない。この気が強いシーナの前では…いきなり魔法が飛んできてもおかしくないのだ。
「お前たちは来ないのかよ?」
「い…いや、私達はここで待ってる!」
「何?もしかしてビビってんの?………あ……」
口が先走ってしまった…案の定、シーナは眉をピクリと動かし、一気に正人の方へと近寄る。
「別に!ビビってるわけじゃないし!」
少しだけ頬を赤らめ、前のめりになりながらそう口にする。
確かによく見てみれば街中ですれ違った人のほとんどが鎧や…ダンジョンに向かうような服装をしていたのに対し、ミアは聖職者のような服装、シーナはパツッとした黒いズボンに白いTシャツのようなものを着て、その上から赤い羽織のようなものを着ていた。
「シーちゃん…もうそんな意地悪はやめよ?ね?」
近寄りながらシーナの肩に優しく手を置き、優しい口調で宥める。
シーナもそのミアの様子を横目にわかったわよと顔をプイッとそらす。
それを確認したミアはすぐに正人の方へと視線をやり、軽く頭を下げていた。
「…どうした?」
「いえ…その、実は私達今朝ここの街についたばかりなのです…」
「ということは、このダンジョンも初めてって事か?」
「はい…ダンジョンも入ったことないですね。」
その言葉を聞き、正人はとっさにシーナの方を向く。
「…おい」
「…何よ」
少しだけ申し訳なさそうにしているのか、視線をそらし、口ごもりながら話すシーナに咎めるように正人が冷たい目線を向ける。
「お前、俺でこのダンジョンを様子見しようとしてたよな?」
「ギクッ!?」
「ギクじゃねぇよギクじゃ!それに、俺魔法なんて使えねぇよ?」
「 「…え?」 」
予期せぬ言葉がシーナとミアの耳に入り…きょとんとした表情を浮かべる。
「マジ?」
「マジ」
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ダンジョンの入り口付近にある休憩椅子に座りながら正人は紙袋に入ったパンを口に運ぶ。
「んで?お前たちもこの街に来たのが初めてって事でいいんだよな?」
「お前じゃない、シーナ!それでこっちは幼馴染のミア!」
シーナは不機嫌そうに、眉根を寄せる。正人は悪い悪いと頭を掻きながらミアの方に視線を向ける。
「それでミアとシーナは魔法が使えるのか?」
「はい…そうですね、私は回復魔法専門ですが…」
「へぇ~専門っていうのもあるのか」
「いえ…専門というのは逆に珍しいですね」
正人は何気ない会話でパンを食べ進める。
(とりあえず色々と情報を聞かねぇと話にならないな)
だがその会話を聞いていたシーナは何やら少し不満そうな雰囲気を漂わせている。正人はいち早く気づき、薄目でシーナの方へと視線を向けながら質問を投げかける。
「シーナはどんな魔法を使うんだ?」
そう聞くや否や…ふふんと鼻を鳴らし、機嫌がよくなったのを確認する。
(ちょろすぎだろこいつ…)
そんなことを思っている正人であったが、シーナは立ち上がり両手を背中の後ろに回しながら上機嫌に話し出す。
「私は基本的にどんな魔法も使えるわよ!難しいのは無理だけどね!」
「ほぇ~…すげぇな」
本当に、心の底からの言葉だった。正人からしてみれば…それは漫画やアニメの世界でしかありえなかったからだ。
関心の表情を浮かべてはいるが…依然として正人は外部の人間だとは悟られないように肩を竦める。
「それで?なんで魔法が使えない奴がこの街にいるのよ」
当然、この質問を投げかけられてしまっては、正人の肩もピクリと動いてしまう。
(ここは言うしかないのか…)
正人は短い時間の中、脳をフル回転させて考える。
ここでもし「俺は転生者なんだ」と言ってしまえば、二人は何を言ってるんだという表情になるのが落ち。かといって魔法が使えないものがこの街にいる…という異例が出ている以上、変な言い訳は当然できない。
(待てよ?さっきミアはパーティって言ってたよな?もしかしたらパーティを申請する場所で何か色々と聞けるかもしれない…)
そう思考したのち、正人は少し頭をあげて天井の方を見る。
「正直言って…わからないんだ」
案の定…ミアとシーナはきょとんとす表情を浮かべる。眉を上にあげ、目を見開き、口をぽかんと開けていた。
「…わからないっていうのは…」
…と口ごもりながら話すミア、まぁ当然の反応だよなと思う正人。
しかし、立ちながら腕を組んでいるシーナは正人にジト目を向けていた。
「…なんだよ」
怪訝な顔を浮かべているシーナの視線を感じ、正人は肩を縮める。
(仕方ねぇじゃねぇか、俺だってどうしていいのかわからねぇんだよ)
そう、どうしていいのかわからないのだ。
すべてが完璧である正人ではあるが、こういう状況はまた別だ。自分が何者であるのかさえもわからないのなら、それをうまく伝える術もない。
ただ自分が『久遠 正人』であるということしか話す内容はない。
「あり得ない…のはそうなんだけど、あんたのその恰好を見るに本当に何かあった感じなのよね」
「そうですね、部屋着で路地裏にいる…というより外を出歩くのは違和感しかありません。」
シーナはため息を吐きながら正人の隣の休憩椅子に座る。美女二人の間にきょとんと座る正人であったが、今はそんなことを考えている余裕もなかった。
「まぁ、あんたが何もわからないんじゃ~私達は何も言えないわ。ひとまず、ここを出ましょ」
気持ちを切り替えたのか、はたまた何かを察したのか…座っていた席を立ちあがり、肩指をあげながらこのダンジョンから出るという提案を出していた。
「…ありがとな」
「…ん?何が?」
正人自身、気づいていた。シーナは察するのが上手い…そして時にバカにしたりする口調は演技なのだと。だがそれを咎めることなく、正人は少しだけ気まずい表情を浮かべ、頭を掻きながらそう言った。
そしてシーナは平然と言葉を返す。
入ってきた入口へと足を運ぶ3人…1分が経過したところで正人が口を開いた。
「こんな遠かったっけ?」
「……」
「……」
正人の質問に答えようとしない二人。それでも正人は続けて…
「お前らも気づいてるんだろ?」
「……」
二人の後ろをついていくように歩く正人だが…話すたびに一瞬だけビクッとうごくその肩が物語っていた。
迷子…というわけではない、それはなぜかというと入り口付近から休憩椅子まで10秒もかからなかったからだ。
(多分ダンジョンに入ったらお決まりのやつだろうな…)
ポリポリと頬を掻きながらあたりを見渡す正人…そして何かを覚悟したのか、ミアは足を止めて振り返る。
「どうやら…このダンジョンを攻略しないと出られないようです」
「…やっぱりか」
ポリポリと頬を書いていた手を頭の後ろに回しながら溜息を吐く。眉を下げ、申し訳なさそうに話すミアを横目に、シーナの方へと視線を向ける正人。
「…どうしよう」
「はい?」
両の手を軽く握りながら震えた声色でごもるシーナ。正人はとっさに首を傾げていた。
「だって!私達この街に今日来てダンジョンも人生初めてなのよ!?」
「…俺も初めてだよ?」
「だからどうしようって言ってるんでしょ!」
そこで正人は理解する。正人がもし魔法を使える人間なら、「どうだった?」とか言ってその情報を聞けた。だがそうではなく、ただ魔法が使えず意味の分からない格好をしている正人なら、今のシーナの発言も納得ができる。
「…あ~」
手を額に当て、溜め息交じりな声を出すシーナを見て、ミアは逆に少しだけわくわくさせた表情を浮かべながら両手を握り、自分の胸の前まで上げる。
「シーちゃん!やっとなんだよ?やっと…私達の夢が叶ったんだよ?いい機会だと思わない!?」
先程まで敬語で話していたのだが…ミアは気持ちが高鳴っていたのかそんなことは忘れてミアに向けて話していた。
シーナはその様子を見ながらこんなことになるならパンなんて買わずにもっといろいろと準備をしてから朝ごはんにするんだったと考える。
しかし、滅多に見せないミアのすごく楽しそうで、ワクワクしている様子を見て諦めたのか眉を下げながらも「そうね」という言葉とともににやりと口角をあげる。
「それで…どうするんだ?」
「どうするって、攻略するしかないでしょ」
「まぁそうなんだけど」
至極当然の反応が返ってきて正人は肩を竦める。
回復専門のミアに基本魔法ならそつなくこなすシーナ。そして何もできない正人。
幸いにもこのダンジョンは一番難易度が低いらしい…なのでシーナが何とかしてくれるだろというなんとも他人任せな正人。だが…その思いは一瞬にしてなくなってしまう。
ミアとシーナの前方から明らかに…難易度が一番低いダンジョンではあり得ないものが接近していたからだ。当然二人は正人の方に向いているので気づいていない。正人だけが…その勢い良く迫りくる得体のしれないものを目に…
「おい、なんか来てるぞ」
…と指をさす正人。さされた方を二人はゆっくりと振り返り…
「あ…」
「……終わった」
ミアとシーナは同時に固まってしまう。