王妃は幼女聖女を守ります!
うわぁあんびえぇぇ!!
とある王国の昼下がり。
魔導実験室に不釣り合いな幼児の泣き声が響いていた。
この国の魔導士には女性も多くいるのだが、今回集まっていたのは年齢は様々なものの子育てなど関わったことない男性魔導師ばかりだった。
「ま、まずいぞ…
魔導師団長なんとかしろ!」
慌てふためくなか、不明瞭な指示を飛ばした初老の男の大声に幼児は驚いたのか一瞬泣くのをやめたものの、さらに大音量で泣き始めた。
びえぇぇぇ!!ままあぁぁあ!
あやす術を持たない魔導師たちはこの惨状遠巻きに眺めるだけである。
「怒鳴らないでください国王陛下!
聖女が怯えます!」
泣き声に負けぬよう声を張り上げてしまい、更なる阿鼻叫喚を呼び起こした。
うわあぁぁん!
「ま、待て泣き止め!でないと…!!」
国王の嘆願も理解するはずもなく、泣き続ける幼児に国王は段々と顔色を失くしていく。
「一体なんの騒ぎです!」
バンっとけたたましい音を立てて扉を開けたのは豪奢なドレスを纏った妙齢の美女。
「お、おうひ…!!待ってくれこれには訳が!!」
王妃と呼ばれた女性は真っ白な王を一瞥した後、魔法陣の中心にいる幼子を見て顔色を変えた。
「こんな子供を実験台にするなんて…見損ないましたよ陛下!人体実験は重罪ですよ!?」
「ち、違う!!この子供は聖女なのだ!」
「…はぁ?」
国一番の淑女とは思えないドスの効いた低い声に魔導実験室にいる子供以外が震え上がった。
「…まだ、まだ陛下の隠し子と言われた方がマシというものです!」
「そ、そんなものはいないっ!」
王妃に心底惚れている国王は見事な瞬発力を発揮して否定したが、そんなことに興味を示さない王妃はギロリと睨み二の句を言わせないようにした。
「異界から聖女召喚なんて!あれほど不確実なものに手は出さぬよう話したではありませんか…!」
「し、しかし国の危機なのだぞ!」
「異界の者に我が国の命運を託すなどそれでも国王ですか!?ただの責任放棄でございましょう!」
「しかし魔導師団も賛成しておる!」
「魔導師というものがどんな人種かおわかりでないからそんな愚行を犯すのです!
王族の許可が必要な禁術を国王に使って良いと言われて反対するものなどまずいません!」
その場にいた魔導師たちは気まずそうに一斉に目を逸らした。
この国では国のお抱えを魔導師、それ以外を魔導士と区別している。
国内に魔導士は数多くいれども国立魔導師団に入団するような者たちは総じて興味探求心がずば抜けて高かった。
秀でるものとは得てしてそういう傾向にあるのだが、倫理や人道に外れないように国で抱えて国の利になるよう研究の方向修正するのが国立魔導師団の役割とも言えよう。
放っておくと自分自身を使ってでも実験してしまうような危ない人間も中にはいるのである。
選抜された大変優秀な集団なのだが、玉に傷が大変多すぎた。
目を逸らすだけ、今は理性が戻ってきているらしい。
「この国の民から聖女・聖人を探す、というのであればここまで止めはしませんでした。
望むと望まざるとこの国にいる以上大なり小なり愛国心や忠義心があるでしょうから協力は得やすいでしょうし、そうでなくとも誠心誠意協力を求めるべきと考えます。
ですが、この国に縁もゆかりもない人間を呼び出して本当に役に立つとお思いですか」
ズカズカと王妃は魔法陣に近寄り、いつの間に泣き疲れたのかしゃくり上げるだけになっていた子供を抱き上げた。
「異界がどこなのかもわかっていない不確実な術ですよ。
見せ掛けの転移や失敗で敵国の人間が入り込んでもわからないではありませんか」
「て、敵国の者だというのか!?」
「可能性の話!にございます!
こんな子供にどんな計略が図れるというのですか!そもそも呼ぶ前に考えることです!
…魔導師団長、この子供をすぐに親元に返しなさい」
国王に向いていた厳しい視線が魔導師団長に向き、魔導師たちに緊張が走った。
「…できません」
「なんですって?」
「一度呼んだ以上、お役目を終えるまでは返せません」
「念の為に聞くけれどそれはあなたがしたくない、ということかしら?」
「そうではございません!
召喚の儀の際に縛りをかけました。
なので役目を終えるまで聖女は帰れません」
「こんっの人でなしどもがぁ!」
とっさに張った魔導師長の結界を魔法強化した王妃の拳が突き破り、魔導師団長の顔面に炸裂した。
ぐあっ
壁まで吹っ飛び、拳と壁激突の二重ダメージを受けた魔導師団長はがくりと崩れ落ち意識を失った。
国内最高峰の魔導師団の頂点に立つはずの魔導師団長の一撃撃破に魔導師たちは震え上がった。
「へ・い・か?」
先ほどまでとは打って変わってにっこりと笑って話しかける王妃に国王はギギギっと魔導師団長に向けていた視線を戻す。
「な、んだ?王妃…」
「わたくし無期限のお暇をいただきます」
「は、はぁ!?」
「この子を親元に返すため、この国のため、世直し全国行脚してまいります!」
「まって、待って待ってくれぇ!」
「ですのでわたくしの分のお仕事はお任せします!」
「机仕事が嫌なだけじゃないのか!?」
「もちろん!書類仕事ばかりで好きなわけがないでしょう!必要だからやっているだけです!
陛下は責任を取れないようなので仕方なくわたくしが取ると言っているのです
どうやら臣下にも任せられそうにありませんし?
あやすこともできない輩どもに任せたら帰す前に子供が死にます!」
責任を取るべきこの場の人間たちを一瞥し王妃は吐き捨てた。
「では、わたくしたちは旅の準備に入ります。
明日には出発しますので後のことは良きに計らってくださいな」
「そ、そんな!おうひぃ〜〜っ!!」
国王の叫びを気にも止めず、子供を抱き抱えたまま優雅にドレスを翻し、魔術実験室を後にした。
部屋を出て、王妃は一息つき聖女と呼ばれた子供に笑いかけた。
「さっさと役目とやらを終わらせて1日も早く親御さんのところに返してあげますからね」
騒がしい場所から出て、訳もわからぬまま子供はようやく笑ったのだった。