87.善意の贈り物
文字で表現するのは難しい、素っ頓狂な悲鳴を上げてしまった。
びっくりした。びっくりした。びっくりした。
電源を切ろうとして間違って音量を上げてしまう。大きくなったその音に、ますます動転する。
リモコンを投げ捨て、テレビに駆け寄り、本体の主電源を落とした。
やっと静かになる。
なんなんだ、あのDVD。しょっぱなから濡れ場のアダルトな内容。いきなりベッドの上で絡んでアンアンハアハアやってるし。
誰がくれたんだっけ。とんでもないセクハラだ。
……と思って我に返る。
ここでは私は男で通っている。これは善意の品。女だと怪しまれてないって何よりの証拠で、ほっとするべきなのかもしれない。
それにしても複雑だ。こんなものを見て喜ぶと思われているなんて。
感想なんて求められてないけど、もし聞かれたら、どう答えよう。
良い物ありがとうございました? あの女優タイプです?
微妙な空気を作らず、言えるだろうか。不安だ。
自信がないから、まだ見ていないことにしよう。さっきの音が外に漏れてないことを祈って。
悪い予感を感じながら、DVDの入っていた紙袋を探ってみると、やっぱりだ。
下にあったのは写真本に漫画本。ちらりと見ただけでもエロ満載。ナース服での露出とか、縛られているのとかあった。
……裸なら何でもアリなんだろうか、男の人って。
これらをくれたのは有志一同。代表で届けてくれた人のセリフを思い出す。
「趣味が分からないから、みんなで考えたけど、これなら万全だ」って。
確かに、いろんな嗜好に対応できてるとも言える。だけど、私には必要ないものだ。
はっきり言って傍に置きたくないくらい。
クローゼットに入れるのもためらわれる。
捨てるのが一番だろうけど、その現場を見つかったら、くれた人たちも気分を害すだろう。
それだけならまだしも、あいつは女には興味ないなんて妙な噂を立てられても困る。
しばらく取っておいて、忘れたくらいにこっそり処分するしかないか。
そう結論に達する。そして、紙袋は玄関に続く通路のわきにたたずむことになった。
ボスのための本探しは迷走中。
ある時、はたと思い立つ。こういうときは原点回帰。
最初の魔法の本は料理の本だったから、その系列も試すべきだろう。もっともボスの本棚にはないから、別のところから調達しなければならない。
私の部屋にはフランス料理の師匠の著書が三冊ある。
『気軽にフレンチ』と『おうちでフレンチ』と『ひと手間フレンチ』。
料理本だけど、お洒落な装丁。言葉も堅苦しくなくて読みやすい。どれもヨーロッパではヒットしている本だ。
あと一冊、『世界の料理とその変遷』という本もある。前の魔法の本と同じ著者のものだから、可能性は多いにあるけど、これをボスの前に出したくない。
放り投げられでもしたら、ばらばらになってしまう。街の古本屋で見つけたそれは、すでに痛んでいて、ただでさえ扱いに気を遣う代物だった。
もともと出版数が限られているから、他に現存するかも怪しいところだ。
価値を理解していない、しかも乱暴な人の前には出すべきじゃないだろう。
だいたい、私物まで引っ張り出すのはどうかとも思う。
とはいえ、状況がそうは言ってはいられなくなってきた。城を支配する緊迫感は、もはやただ事ではなくなっている。
先発隊はフランス料理の師匠の本。三冊を手に部屋を出ようとする。
睡眠不足のせいか、ふらついてしまった。
何かに足をとられ、ハイヒールでは踏ん張れず、床に倒れこんだ。
本が床に落ちる。
ため息をつきながら、床に散らばってしまった障害物を見やる。
「ああもう、本なんて嫌いになりそう」
愚痴めいた言葉を漏らしてしまった。
散乱しているのは私には不必要な本たち。
玄関前の通路のわきに置いていた紙袋が横倒しになっている。これらは隊員たちからのエロエロなプレゼント。
DVDに写真本あり、漫画本あり。それも何冊も。
ため息をつきながら、それを紙袋に戻す。
フランス料理の本を手に立ち上がる。あざでもできていないかと心配したが、大丈夫そうだ。
あとしばらくの辛抱。ひと月でも経ったら捨ててこよう。私はそう決めて部屋を出た。
次回予告:ミシェルが望みをかけた三冊の本。ボスを満足させることができるのか……。
第88話「ポテンシャル」
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