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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(5) Christmastide クリスマス・シーズン
93/112

83.予想外のできごと

 屋上は警備の人間しか上がれないことになっている。今まで私も行ったことはない。

 扉へと続く階段の前には、赤い色のバイロンが並べて置かれていた。よく工事中の道路にある三角錐のプラスチックの器具だ。

 明らかに入るなという意味。でも、今は紛れもない非常事態。

 バイロンの間を抜けて、階段を駆け上がり、屋上へと続く扉を開けた。

 飛び込んできたのは隊員が一人こちらに駆けてくる姿。さっき吊られていた人だ。かわいそうに悲壮感に満ちた表情だ。

 その足が突然止まった。宙を飛んで体に落ちてきた縄の輪が締まったからだ。縄は背後に続いている。

 彼はばったりと前に倒れて、蓑虫みたいにもがきながらもずるずると後ろに引きずられた。

 縄を手にした人が手繰り寄せている。

「話は終わってねぇぞ」

 その声、姿に唖然とした。

「ボスじゃない……」

 混乱して後ろに下がる。音もなく閉まる扉を目の前にして「ミック」と声をかけられた。

 マスティマで私をこんな風に呼ぶ人は一人しかいない。

 階段を昇ってくる足音に振り返ろうとすると、急に足元がぐらついた。

 あっという間に天井が近くなり、大の字に貼り付けられる。

 衝撃よりは驚きに「おおっ」と声が漏れる。女の子らしく「きゃっ」と出ないのが幸い。

 だけど、その事実に「おっさんか」と心の中で自分突っ込みして、凹んだ気分になった。

 体を天井に留めているのはネットだ。どうやら罠にはまってしまったらしい。

「面白れーことになってんなー」

 下から聞こえてきたのはグレイの声。

 こっちは全然面白くないのに。

 天井に貼り付けになって、見上げられているこっちの身にもなってほしい。

「ちょっと待ってろ」とは聞こえてきたけど、なにをしているのかは分からなかった。

 ネットのせいで頭を動かすのは真横が精一杯。見下ろすこともできない。

「なにが原因だ? タイムラグが……」

 ぶつぶつ言いながら、ごそごそやってる。

「計算は間違ってねーなー。これか? いや、これか?」

 二回目の「これか」で、グレイが何かを引っ張った。

 私を天井に貼り付けているネットがさらにきつくなる。しかも、その締め付けは次第に増していく。

「お前、体重何キロだ?」

 こんな状況で聞くことだろうか。それに女子に体重聞くなんて失礼だと思う。

 だけど、一応ここでは私は男で通ってるし、彼は先輩だし。答えておこう。

「えっと……、四十三キロくらい?」

「自分の体重がなんで疑問形なんだ。くらいじゃ意味ねーし。正確なやつじゃねーと」

 最近計ってないし、覚えてもない。

 それより、ネットがきつくて苦しい。どんどん天井に押し付けられていく。頬にダイヤの形が刻まれそうだ。先に下ろしてほしい。

「グレイ、早く……」

 言葉はそこで途切れた。

 私の唇の傍にいきなりナイフが突き刺さったからだ。空を切る風も感じた。ネットも一部がキレイに切断されている。

 少し間違えれば顔をざっくりだ。茫然としていると、扉が開いて屋上から出てきた人がいた。

「アビーに言って、手続きしてやれ」

 その人のいつもと違うどんよりとした声。

「疲れた」と大きな溜め息をついて、階段を下りて行った。


 私が天井から下されたのは、遠ざかる足音が完全に消えてからだった。

「怪我はねーな」

 グレイは一言確認で済まして「アビーを呼んで来い」と言った。

 え? トラップのこととか、投げ縄やってた溜め息の人とか、なにか説明は……?

「お前の体重が軽すぎたってアビーに伝言」

 グレイはポケットサイズのパッド型コンピューターの端末に、数字を打ち込みながら言った。教えてくれるつもりはないらしい。

 仕方ない。アビゲイルを呼んでくるか。

 伝言の意味はいまいち分からないけど、屋上の人は放置したままだし、どっちにしても彼女が必要なのは間違いない。

 そう思って、医務室へと足を向けたとき、グレイが「おい」と声をかける。

 なにか説明してくれる気になったのかと思いきや。

「お前、も少し太ったほうがいーぞ」と一言。

 それが今必要な話題なのかと疑問に思ったが、彼は、すぐまたパッドに目を落としてしまった。

 私は医務室へと向かった。

次回予告:隊員を痛めつけていたのはボスじゃない? 困惑するミシェルは経緯を知ることになるが…。

第84話「色眼鏡と虚像」


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