表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(5) Christmastide クリスマス・シーズン
92/112

82.戻ってくる日常

 年が明けると、次第にマスティマの城にも活気が出てきた。

 廊下ですれ違う人も少しずつ増えてくる。

 二日目の夜にはレイバンとグレイが帰ってきた。

 休みだったはずなのに、レイバンはバテバテだった。

 聞けば、愛犬マリアを人質ならぬ犬質に取られ、グレイの実家で彼の兄弟達の遊び相手にされたらしい。

 繁盛期の遊園地にある乗り物並みの人気。子供たちに群がられてせがまれるたび、抱っこしたり、肩車したり、馬になったり、ノンストップの大活躍だったという。

 人数を聞いて同情する。グレイは五人兄弟。年の離れた弟と妹は合わせて三人。そりゃ、バテるはずだ。

 やつれた感が否めないレイバンは哀れな風体。

 三日目の午後、帰ってきたのはアビゲイル一家。

 娘のプリシラは上機嫌。祖母作だという、日本の怪獣映画ゴッドジラーのワッペンを得意げに見せてくれた。

 恐ろしくリアルなおばあちゃんの力作。彼女はキュートだと繰り返していたが、その辺の感覚は私には理解できない。

 四日目の朝、最後のお帰りはジャザナイア隊長。口笛を吹きつつ、片手の革のジャケットをぶんぶん振り回しながら、ロビーを歩いていたという。彼女と楽しい休暇だったんじゃないかという噂が立っていたが、真偽の程は不明だ。

 五日目になると、城は何事もなかったかのような、いつもの様子。

 アビゲイルから、年明けの瞬間のことを尋ねられるのではないかと冷や冷やしたが、取り越し苦労だった。やっぱり酔った勢いの話題だったのかとほっと息をつく。

 別に何もなかったのだから、そのとおりに話せば良いだけのこと。だけど、あんまり口にしたくはない。

「犬に先越されちゃいました」って、色んな意味でなんだか恥ずかしい。

 四駆と車庫の壁を壊したことは、大げさなことにはならずに済んだ。修理の費用は毎年組まれる特別予算である修繕費、実態は『ボスの破壊による補修・修繕費』で落ちることになった。

「年度末になると足りなくなるから、今のうちで良かったんじゃない?」

 アビゲイルは軽く笑って言う。

 慣れというのは怖いものだ。

 城の中で地響きがしようが、爆発音が聞こえようが、いつものこと。もっとも私は未だにびくついてしまうが。

 隊員たちは「ボスが暴れてる」で終わってしまう。騒ぎや助けを求める声だって「また」になる。

 そんなマスティマの城だったが、それでも無視できない悲鳴を聞きつけた。


 それはある朝のこと。

 任務が終わっての部隊が帰着予定が、午前九時頃で、ボスの朝食は不要だと連絡が来ていた。

 そろそろ着いている頃だと壁の時計で確認する。

 今朝は、城の中で勤務する人たちの分だけを準備すれば良いので楽ちんだ。

 ちなみに今朝のメニューは、オムレツとサラダとトースト、コーヒー。

 セルフで、トースターでパンを焼いてもらっている間に、オムレツを一気に仕上げる。

 ナイフを入れると黄味がとろけ出る加減。トッピングの追加にも答える。一番人気はチーズ。

 もっとも、ぱりかたオムレツ派の人もいて、要望通りに焼き目がつくくらいに、しっかり火を通す。

 言葉で好みの加減を伝えるのは難しい。だからこそ、正解を当てるとほんとうに嬉しくなってしまう。

 最近では、料理メモにボスのことだけでなく、隊員たちの好みも書き入れることが増えてきた。

 メモを見直して思う。こうして皆の期待に応えられることは幸せなことだ。自然と笑顔になる。

 ふと戸口から見える窓の向こうに目が行く。

 厚い雲の隙間から斜めに光が差し込んでいる。神秘的でまるでベールのよう。天使のはしごだ。清々しい気分になる。

 廊下に出て窓に近寄った。荘厳にも見える美しい光景に見とれていると、何かが上から降ってきた。

 今のって人じゃなかっただろうか? 屋上から誰か落ちた?

 悲鳴は続いている。目の前にはロープが釣り下がっていた。

 窓に額をくっつけて見下ろすと、足首を縛られた隊員が、地面すれすれのところで、のた打ち回っていた。

 こんなことを誰がするって、答えは決まっている。

 彼を助けることができるかは分からないが、現場を見てしまった以上、見ぬふりもできない。

 私は屋上を目指して駆け出した。


 途中の廊下の突き当たり、会議室近くでボスの姿を見かけた。立ち止まってグレイと何か言葉を交わしている黒いコートの背中。

 任務から帰ってきて早々、隊員をあんな目に合わせるなんて酷い上司だ。

 じっと見ていると、ボスが振り向いてこっちを見返した。有無を言わさぬ迫力ある視線。

 一瞬思考が止まり、足も止まりそうになってはっとする。

 ボスがここにいるということは、あの吊るされた人は解放されているはずだ。無事かそうでないかは現場に行ってみないと分からない。

 確かめて、必要ならアビゲイルを呼ばないと。

 ボスの視線を振り切り、角を曲がって屋上へと向かった。

次回予告:ボスにいたぶられる隊員をなんとか助けようとするミシェル。けれど、現場に踏み込んでみたら、想像とは違っていて…。

第83話「予想外のできごと」


お話を気に入っていただけましたら、下の「小説家になろう 勝手にランキング」の文字をぽちっとお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ