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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(5) Christmastide クリスマス・シーズン
91/112

81.年明けて

 お酒っていうのは強烈な飲み物だと思う。

 ビールが進むジェフを見て実感する。気難しく無口な彼を笑い上戸でお茶目なおじさんに変えてしまったのだから。

 エマは、ほろ酔いの定まらない足取りで、私とボスが泊まる部屋に案内してくれた。けれど、なんと一部屋しかなかった。

 二人で来るなんて聞いてなかったとか言っていたけど、確信犯だと思う。

 始終微笑んで、否、にやけていたし、私にこそっと「頑張りなさい。時には押し倒すくらいの強引さが必要よ」なんて、とんでもないアドバイスをくれたのだから。

 ボスにそんなことをしたら、命の保証はないと思うのだけど。

 結局、ボスが私に「居間のソファで寝る」と言って、事態は収まった。

 ビールだけに止まらず、ワインにも手を出したエマは、悪酔いしたのかお喋りが止ることがなかった。

 天気の話から政治の話に行ったかと思うと、今度は昨年生まれた子馬の話になって、次にイギリス王室の話題になった。

 話の飛躍が凄まじすぎる。相槌を打つのが精一杯だ。

 そのうち、ジェフまで隣に来て加わった。

 二人同時に話しかけてくるので、内容なんて分からずじまい。おまけに、何がおかしいのかは不明だが、ジェフが笑いながら掌で私の背中をバンバン叩いてくる。

 ボスはどこに行ったんだろうと部屋を見渡すが、いつの間にか姿を消していた。

 逃げた。そう確信する。

 それにしても背中が痛い。ジェフったら、力加減が分からなくなっているようだ。

 なんとか脱出を試みる。

「ちょっとトイレに……」

 こう言うと、飲んでいるから危ないでしょとエマが扉の前まで付いて来た。失敗だ。

「つまみでも作ってきますね」

 これも意味がなかった。キッチンまで二人が押しかけてきたからだ。その上、肴でさらにお酒を進ませてしまった。大失敗だ。

 結局、逃げ出すことは叶わなかった。彼らが睡魔に負けるまで付き合うはめになった。

 ジェフはソファの背もたれに首を預けたまま、座った姿勢で。エマもまた、肘掛の上の重ねた両手に頭を乗せて、眠ってしまった。

 私はといえば、ソファの足元に座っていたのだが、とうとう舟を漕ぎ出してしまった。床に落ちていたクッションを枕にして、体を丸める。

 薪ストーブが送り込んでくる熱が心地よい。陽だまりのようだ。床に敷いている厚いラグのお陰で寒さとは無縁だった。

 何処か春の陽気にも似た暖かさに包まれながら、私は眠りに落ちていった。


 どれくらい時間が経った頃か。

 ぶるっと身を震わせながら、私は浅くなった眠りから覚めようとしていた。

 暗闇の中、テーブルの脚越しに見えるのは、薪ストーブの覗き窓からの薄っすらとした光。

 火が消えようとしている。薪は炭に変わってしまったのだろう。部屋の温度も下がりつつあるようだ。体が冷えてきている。

 起き上がって薪をくべなくては。そう思うもだるさが残っていて、体を起こせない。

 小さな物音がした。オレンジ色の光が覗き窓を満たす。

 誰かが新しい薪を入れてくれた。

 光に浮かび上がる姿を見て、それがボスだと知った。干し草のような柔らかい匂いがした。

 再び眠りに引き込まれる私が最後に見たのは、影にように見えるその背中だった。


 起き出したのは昼前。

 朝食と昼食をかねた食事を用意する。ジェフはキッチンで大量の水を飲んでいた。

 どうも晩に飲みすぎたらしい。彼の顔には厳しさが戻り、昨夜の笑顔の欠片もない。背中をさするエマに「ム」と答えていた。

「ディー、ドーンで遠乗りに行ったのか」

「昨日は満月だったものね」

 夫妻の言葉にボスは、ああと頷く。

「ついでに朝のエサもやっておいた」

「ム」

 ジェフのこの「ム」はありがとうって意味だろう。

 それにしても遠乗りに餌やりとか、ボス、牧場を満喫してるなと思う。

 マスティマのボスとしての彼しか知らなかったので、なんだか微笑ましい。

 馬たちへの餌やり、やってみたかったなと少し残念ではあるけど。

「ミシェル、朝ご飯はどうしましょう」

 エマの言葉に、コックとしての頭に切り替わる。

「昨日の食事を考えて、軽めでいきましょう」

 言葉通りのシンプルなもの。

 パンケーキとコーヒー。あとは、リンゴにオレンジにバナナをメインとしたフルーツが盛りだくさん。二日酔いにも良さそうだ。

 食事を終えると、彼らに別れを告げた。

 名残惜しげに私を抱きしめたエマは、貸した上着を返しに来ることを口実に、また会うことを約束させた。

 昨日から借りているグレーのダウンジャケット。これで来るときのような寒さは心配しなくていい。

「世話になった」

 ボスからの挨拶はそれだけだった。それでも二人は頷いて見送ってくれた。

 彼の後を追うようにして、バイクの置いてある場所に向う。私は気になっていたことを尋ねてみた。

「ボス、どうして私を連れて来てくれたんですか?」

 構わず歩いていくので、質問には答えるつもりはないだと思った。その矢先、彼は口を開いた。

「弾除けだ」

 なんとも物騒な言い回しだ。

 意味が分からず、立ち止まった私を振り返って言葉を続ける。

「あいつらは酒癖が悪い。それにエマの料理は不味い」

 それだけ? 城に残った私が不憫だったからとか、エマの怪我を気遣ってとか、そういうことじゃないんだ。

 確かにジェフとエマの飲みが進む頃には、姿を消してたっけ。

 私は単なる盾代わり。全部自分が中心。

 なんだか自己嫌悪に陥ってしまう。ボスに優しさを期待するなんて、どうかしていた。

 バイクに乗り、エンジンをふかした彼は、私に目をやる。ぼさっとしてると置いていくぞと言わんばかりだ。

 ちょっぴり自分が嫌いになりながら、私は彼の後ろに跨った。

次回予告:マスティマに戻ったミシェル。隊員たちも次々と帰着する中、事件は起こって……。

第82話「戻ってくる日常」


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