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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(5) Christmastide クリスマス・シーズン
84/112

74.M・マグナム

 案の定、不安は的中。犬たちは一頭も捕まらない。

 それに五頭いると聞いてたけど、もっと多いような気もする。犬種を聞いておけば良かったと思うが、後悔先に立たずだ。こんなことになるなんて考えもしなかったし。

 さらに悪いことには、彼らにからかわれているようだ。視界に入ったかと思うとあっという間に逃げる。入れ替わり立ち替わり別の犬が現れる。

 時間が経つほどに、追いつけない距離を心得てきている。近付くのを許して、あと少しってところであっという間に走り去る。

 名前を呼んだってもちろん無駄だ。私はどの犬がどの名前かは知らないのだし。こちらの自信なげな声に答えてはくれない。言うことを聞く義理はないってことだろう。

 普通の犬なら覿面の「散歩」も自由の身には効果なし。「御飯」だって無反応。

 追いかけてるのか、追いかけさせられてるのか分からなくてなってくる。それに息が切れてきた。

 自分のせいだとはいえ、くたくただ。立っているのも辛い。もう勘弁して欲しい。

 めげかけた私の視界が一面明るくなる。薄雲がはれて空には丸い月が出ていた。天も応援してくれているようだ。これは踏ん張らなければ。

 膝に手をついて息を整える。

 すると、腕の間から一頭の犬の姿がはっきりと見えた。シェパードだ。好奇心からか、じっと様子を伺っているが、やがて歩み寄ってきた。私には捕まえる元気なんてないと判断したんだろうか。今までより大胆にこちらに近づいてくる。

 そうか、その手があったか。

「ああ、もう駄目……」

 そう言いながら、草に覆われた地面に倒れこむ。

 犬がさらに接近する気配がする。よし、いい感じ。油断して傍まで寄って来れば、まずは一頭確保だ。

 息遣いを感じ取り、私はいつでもかかれるよう気を張る。そんな時……。

「こんな所でなに寝てんだ」

 上から低い声降ってきた。衝撃と共に腰に鈍い痛みが走る。

 私は飛び起きて、振り返った。

 そこにいたのは一人の男。夜に溶け込む黒髪に、私を見下ろす濃い灰色の瞳。マスティマの制服である黒いロングコートに身を包んでいる。白いシャツの襟は開かれ、今日はネクタイをしていない。

 この人こそ、マスティマのボスにして、私の命の恩人であるディヴィッドだ。歳は二十代後半から三十代くらいだと思うのだが、はっきりとは分からない。

 その鋭い目つきと半端ない迫力は、只者でない雰囲気を醸し出している。

「ボスこそ、何でここに」

 私は腰をさすりながら、違和感を覚える。白衣を引っ張り、首をひねって見てみれば、土色の汚れが付いている。

 ボスに蹴られたのだ。ばっちり足型が残っている。

「レイバンから連絡があった。それに、こいつが知らせてきた」

 彼の視線の先を見やって、愕然とする。

 目の前に現れたのは犬……にしては大きい。形はシェパードか、ハスキーか。そのどちらにも近いが、そのものではない。

 こちらを見つめる瞳は、私が知っているどの犬よりも野性味に溢れている。白っぽいと言うよりは銀色に近い体毛。

「ボス、これって狼……」

「ウルフドッグだ」

 犬と狼の混血のことだ。だけど、狼にしか見えない。何にも増して目が怖い。まさしく野生動物、猛獣の瞳だ。

 はっと思い出す。この狼犬、どこかで見たことがあるような。

 どこで見たっけ? テレビとか本? いや、最近テレビなんてあんまり見てないし、本だって料理本しか。だったら……。

「皆を集めろ、マグナム」

 ボスが命令する。するとその狼犬は空に向かって遠吠えをした。

 長く続く声が止まる頃には、周りに四つの影が揃っていた。

 黄褐色に黒い背中のシェパード、灰色のグレートデン、金色のボクサー、それに黒色のドーベルマン。全部で五頭、マスティマ・ドッグ勢ぞろい。

 不意に記憶が鮮明になる。狼犬を見たのは写真、レイバンが撮ったボスの写真だ。あのボスが拳銃を構えている映画のポスターのような写真に確か狼が写っていた。

 合成だと思っていたけど、あれはこの犬だったのだ。

 一人納得しているところへ、「首輪をよこせ」とボスが手を差し出した。

 私は右手に握り締めていた首輪を渡す。

 彼は腰をかがめて、それをドーベルマンの首にはめた。おとなしいものだ。首を落としてされるがまま。まったく逆らう気がない。まるで違う犬みたいだ。

 犬達は一様に同じ黒い革の首輪をしている。あの狼犬もだ。こうしてみると、それぞれに美しい毛並み、引き締まった体をしている。

「自分の仕事に戻れ」

 ボスは身を起こしながら、そう言った。

「お前のことだ、コック」

 犬達に見惚れて、ぼうっと突っ立っている私に喝が飛ぶ。

 ポケットから取り出した時計を見て肝を冷やす。ボスの夕食の時間である八時なんてとっくに過ぎている。

「御飯、すぐに用意します」

 ボスに言ったつもりが反応したのは犬達だった。五頭の犬の耳が一斉に向く。そして、マグナムと呼ばれた狼犬以外が全部吠え出した。今になってこの反応ってなに?

「飯もやってねえのか」

 それを言わないでください、ボス。

「後よろしくお願いします」

 険悪にひそめられた眉に、身の危険を感じた私は城に向って駆け出す。

 弾は追っては来なかった。

 代わりに迫ってきたのは犬達だった。犬の前で走るなんて大失敗だ。そう気付いたが、もう遅い。思いっきり追い立てられ、躓いて地面にダイブした。

 犬に取り巻かれたのを助けてくれたのは、皮肉にもボスとあのマグナムという狼犬だった。

「馬鹿だな」

 ボスの言葉がぐさりと来る。そんなの自分が一番分かっている。

 犬たちを引き連れて去っていくボスの後ろで、私はすりむいた掌の痛みに呻くばかりだ。

 全部自分のせいなのが悔しい。犬を逃がしたのも、手に怪我をしたのも、ボスの夕食が遅れたのも。さらには、上着を着ることまで頭が回らず、体が冷めて寒い思いをしてるのも。

 次は絶対に逃がしたりしない。一頭一頭仲良くなって、あのマグナムにだって、お腹撫でてくれってお願いされるようになるんだから。

 私の来年の抱負に、新たな項目が追加になったのは言うまでもなかった。

次回予告:今年も最後の日、暇を持て余すミシェルにかかって来た一本の電話。それが彼女の予定を大きく変えることに……。

第75話「大晦日」


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