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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(1) Road to the Mastema マスティマへの道のり
8/112

8.マスティマのコック

 目が覚めたのは午前八時。

 三時間ほどしか眠ってはいないが、高まった気分に眠気は感じない。

 急いで身なりを整え、厨房に向かう。

 食堂に入ると、テーブルに白衣が置かれているのに気付いた。メモが上に乗っている。

『あなたのよ。着替えてね。アビゲイル』

 早速上着を脱いで袖を通すとサイズも丁度いい。真新しい白衣に気も引き締まる。

 まずはコーヒーの準備だ。

 それから冷凍庫にあった食パンで朝食にしよう。そういえばベーコンもあったし、焼いてみるか。野菜もほしいところだがそれは仕方ない。届くまで待つしかない。

 用意を始めると、コーヒーの匂いに釣られてきたのか、男が一人顔を覗かせた。

「コーヒーありますよ。どうぞ」

 厨房からの言葉に笑顔で入ってくる。一人だけではない。三人いる。

「俺たち遅番で今上がりなんだ。丁度コーヒー飲みたいと思ってたら、いい香りがしたから。缶コーヒーなんて不味いから飲めたもんじゃないし」

「そうそう、これには比べられないな」

 彼らは本当においしそうに飲んでくれる。

「パンとベーコンもいかがですが。ちょうど焼こうとしてたところなんです」

 三人は大喜びだ。こんなちょっとしたものでしかないのに。

 昨日の食堂の掃除を思い出す。あんなのばかりを食べていたからなんだろうな。

 過酷な労働にあれでは体が持つわけがない。これから栄養面も良く考えて食事を作らないと。

 軽食を平らげ、礼を言いながら出て行く彼らを見送り、後片付けをしながら考えをめぐらせる。

 栄養もあって美味しい食事。目指すはそれだ。献立表を作ったほうがいいかもしれない。アレルギーのことも考えておかなければ。

 私は厨房の電話の脇に置かれたメモに料理の名前を書き出していく。まずは一週間の献立。バランスを考え、料理を入れ替えたり、素材を変えてみたり。

 そうこうしているうちに時間は瞬く間に経ち、アビゲイルがスーツ姿の男を連れてやってきた。ディケンズ本社からやってきた食料調達係だという。

 食材の入ったダンボール三箱が台車に積まれている。溢れんばかりの野菜。それに肉。調味料や酒の瓶まで入っている。

 中をチェックし、追加したい物を告げる。メモを取ったその男は空になった台車を転がしながら帰っていった。

「これで料理のほうは大丈夫かしら」

 野菜を整理して冷蔵庫に入れる私に、背後からアビゲイルが声をかける。

「はい」

 冷蔵庫を閉め、私は振り返った。

「これだけあれば、大概のものは作れますよ」

 中華だろうがイタリアだろうがフランスだろうが日本だろうが、料理であればほぼ何でも作れる食材の多さだ。

 アビゲイルは微笑みを浮かべた。だめだ。この人の笑顔を見るとやっぱり赤面してしまう。それくらいに艶やかなのだ。

「……ところで、ボスの好きな物と嫌いな物って教えてもらえますか。あと食物でアレルギーは」

 気を取り直して問うと、彼女は思い出すように首をかしげた。

「アレルギーはないわ。好物はとにかく肉。牛肉ね。それにお酒も好き。ワインは毎晩欠かさないわね。嫌いなものはありすぎて私にも分からないわ」

 あまり参考にはならない答えだ。肉と酒だけで食事なんて作れない。まして栄養のバランスを考えてとなると……。

 彼女は考え込む私の肩に触れる。

「歴代のコックたちがメモを残しているんじゃないかしら。厨房になかった?」

 首を横に振る。昨日の掃除のときにもなかったし、今日もそんなものは見かけなかった。

 棚も引き出しも全部見たのだ。間違いはなかった。

「探り探り行くしかないわね。あなたなら大丈夫じゃないかと思うわ、私」

 彼女の声がほんのちょっぴり自信なさげに聞こえたのは、私の気持ちからだろうか。

 肩を叩かれ、指差した先を見ると、食堂の扉から覗いている男達の顔が見えた。

「早速噂が広がったみたいね」

 アビゲイルは食堂まで戻ると彼らを追い払おうとする。

「彼の契約は今晩のボスの食事からよ。あなた達の世話はまだ焼けないわ」

 彼女の登場に彼らは明らかに怖気づいている。

「でも、ねえさん」

「あいつら……ベーコン」

「俺たちも……」

 途切れ途切れだが、声が聞こえてくる。

 私が食堂へ出ると、アビゲイルが困った顔をして振り返った。そこで、私は食堂の扉を全開にしながら言った。

「大丈夫ですよ。もうお昼ですもんね。何か作ります。何か……そう、チャーハンはいかがですか」

 冷凍庫に大量のライスがあった。あれを使えば、本格的ではないにしろ、そう時間はかからず作れる。

「チャーハン、中華料理か!」

 男達は廊下で歓喜の声を上げる。

 数えると十人いる。計算外だが何とかなるだろう。多分。

 中華鍋がないからフライパンを代用だ。それを二つ使って両手で一気に作る。それしかない。

 お師匠様、感謝します。

『片手を怪我したら料理が出来ないなんて料理人ではない。両手を同じように使えて初めてプロだ』

 そう教えてくれたのは、つい最近まで私の修行をしてくれた中華料理の達人である、師匠だった。

 それがここで大いに役立つ。

 卵を割るのも、ご飯を宙で返すのも二つ一度で出来る。両手を鍛えたお陰だ。

 男達はカウンターで歓声を送ってくれた。その後ろでしばらく笑って見ていたアビゲイルだったが、いつの間にか姿を消していた。

 付け合せのスープをカップに注ぎ、チャーハンを皿に載せ、彼らに振舞う。

 皆豪快にそれも美味しそうに食べてくれる。男の人の食事って見ていて気持ちがいい。

 そして食べ終えた彼らは口々に礼を言って、去っていった。

次回予告:マスティマのコックとしての正式な初仕事。夜を迎えたボス専用の食堂でミシェルを待っていたのは……。

第9話「ボスの夕食」

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