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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(5) Christmastide クリスマス・シーズン
72/112

70.パーティ後日談

 クリスマス・パーティ翌日の早朝、サプライズがあった。

 部屋の表のドアノブにプレゼントが釣り下がっていたのだ。入れ物の黒いブーツは本物の革製のもの。本格的だ。

 新品っぽいが一応匂いを嗅いでみた。だって臭かったら嫌だもの。

 良かった。真新しい革の匂いだ。もらい物だから、あとで返しに来て欲しいとメモがあった。ジャザナイア隊長からの伝言だ。

 じゃあ、これは隊長から? プレゼント交換を逃して、ちょっとばかり落ち込んでいた私のテンションが一気に回復した。包装紙まで大事に思えて、丁寧に包みを解いた。

 赤いマフラーだ。肌触りも良くて温かそう。

 ジャズ隊長以下、隊員皆からの気持ちだとカードが添えられていた。

 じんと熱いものが胸にこみ上げてくる。私を認めてくれる人たちがいることを心強く思った。同時にこれからも頑張らなければと気合も高まる。

 部屋に戻ってマフラーを大切にしまう。

 さあ、仕事だ。仕事。朝ご飯の支度をしなければ。いつも以上に気持ちが入る。

 静まり返った廊下に、変わらない景色。

 昨日のことなのに、クリスマスパーティがあったことさえ夢のようだ。毎日の仕事が果てしなく続いていくような錯覚。

 年の終わりにつきものである慌しさもマスティマには無縁のもの。元々、曜日なんて関係ないし、カレンダーもあってないようなものなのだから。

 ちなみにクリスマス休暇なんてのもない。

 アビゲイルに尋ねたら、新入りは日を改めて取ることになっているという答えだった。イタリアに里帰りできる日はいつになるのやら。

 私はワゴンを押して歩いていた。ボスの食堂の掃除と空気の入れ替え、朝食の食器を取りに行くいつもの作業だ。

 窓の外はまだ暗い。イタリアもそうだが、イギリスもまたこの時期は日の出が遅い。

 廊下は静けさに包まれている。響いているのはワゴンの車輪の音と私の足音だけ。まるで深夜と変わらない。

 と、突然、静寂を打ち破る一発の銃声。聞こえてきたのは目の前の扉。ボスの部屋からだ。

 お馴染みの衝撃銃の音ではない。これはボスの愛用するリボルバーの音だ。

 私は後先も考えないまま、扉を開け、ボスの部屋に飛び込んだ。

 起こしに行った隊員に向って撃ったのだろうか。その考えもすぐに違うことが分かる。

 手前のリビングにはひと気がなかった。寝室へ続く扉は閉じられたままだ。起こし役の人がいるなら扉は開いているはずだ。最低限の逃げ口の確保は基本中の基本。

 だとしたら、ボスの寝込みを狙って入り込んだ人間がいるのか。

 私は覚悟した。侵入者と鉢合わせになるか、あるいはその死体を目にすることになるのか。どっちにしても、あまりありがたい展開とは言えない。

 ニ発目の銃声や物音を聞き逃すまいと神経を集中して、ノブに手をかける。

「失礼します」

 そう言いながら、身構えつつ、素早くボスの寝室の扉を開けた。

 目に飛び込んできたのは、ベッドの中で体を起こしている彼の姿。布団の上に置かれたその手には、もちろん拳銃が握られていた。

「何があったんですか、ボス?」

 部屋の中には他に誰かいるような気配もない。

 踏み出した私の足元で、何かが割れる高い音がした。硬い感触に足を上げて床を見る。

 これって……。

 私は何も言うことができず、顔を上げて再びボスを見やった。

 ボスはそっぽをむいている。微妙な空気が流れる。

 私の足元にあるのは、目覚ましである標的のなれの果てだった。砕けたプラスチックの欠片が散らばっている。対のオモチャの銃ではなく、本物の拳銃で打ち抜いてしまったらしい。

「間違えたんですね」

 私は息を吐きながら言う。安堵と呆れの混じった溜め息だ。

 人騒がせなことだ。おそらく寝ぼけでもして銃を取り違えたのだろう。

 ボスは私に眼を向けた。鋭い視線が飛んでくる。やばいと思った瞬間だった。

「なに勝手に部屋に入ってんだ?」

 言葉が終わらないうちに聞こえたニ発目の銃声。私の足元に打ち込まれた弾丸。ボスが発砲したのだ。

 決まりの悪さを晴らすために、銃を使うなんてとんでもないことだ。漂う火薬の匂いに、私は口から飛び出そうとする抗議の言葉をぐっとこらえる。

「文句でもあんのか?」

 お見通しのボスは、銃を構えながら凄む。

 私は唇を固く絞ったまま、首を横に振った。

 言いたいことはもちろんあるが、口にしたところでちゃんとは伝わらない。それどころか、言葉を返したことを理由にして、制裁が待っている可能性だってある。

 我慢だ、我慢。拳を硬く握り締める。今文句を言ったって良い事なんて一つもない。

 私は扉まで戻り、大きく一息深呼吸すると、ボスに向き直った。

「ボス、今日の朝御飯はBLTホットサンドとサラダにポタージュスープ、果物のヨーグルトがけです。食堂でお待ちしています」

 思いっきりの笑顔を添えて。

 もちろん、返事なんてなかったけれど、彼は銃を持った手を下した。私の反応に苛立つ気分もそがれたように見えた。

 廊下に出てから扉を閉めて、その場で両拳を握り締める。

 やった。なんだか新たな対処法を生み出せた気がする。

 いつまでも同じ私だと思っていたら大間違いですよ、ボス。人というものは追い詰められたら、それを切り抜けるために思わぬ力を発揮するものなのだから。

 騒ぎに気付いて駆けつけてくる隊員たちに大丈夫だと告げながら、食堂へと向う。

 私の足取りは軽かった。ワゴンを押しながら気分は上々。

 外はまだ薄暗いが、これから朝が世界を塗り替えてゆく。月も星も光に溶ける。私が感じた明るい見通しのように。

 間もなく訪れる新しい年に私は思いを託す。来年もまた良い年になるようにと……。



 こうして、一年の終わりという区切りに、このお話もひとまず終わりを迎える。

 コックとしての関わりはこれからも続いていくが、それはまた別の機会に。

 私は翼を形作る一枚の羽のようなもの。

 黒い翼を象徴とするマスティマ。それは決して光の元には姿を現さぬもの。一般の人々の生活には何一つ触れるものを持たず、その眼が捉えるのは漆黒の闇だけ。

 物語がいつもめでたしめでたしで終わるとは限らない。

 だけど信じたいと思う。私自身を、ボスをジャザナイア隊長を。アビゲイル、グレイにレイバン、そして私を支えてくれる隊員たちを。

 これは私の運命。私の選んだ道なのだから――



 === 第一部 完 ===

最終回となっていますが、続編を考えていますので第一部完としています。


あとがきについては活動報告にて掲載しています。

作者名から作者のページに飛び、活動報告の文字をクリックすると一覧で見られます。

2011年8月7日の記事です。これからの予定なども載せています。興味のある方はどうぞ。

(話の末尾にあるあとがき欄ではちょっと……、かといって、別に一話分に代えて載せるのもどうかと思いましたので、こちらに載せました)


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