69.プレゼント交換
全ての料理を出し切り、とりあえずの仕事は終わった。
ワゴンの下の段に乗せていたプレゼントを取り出す。さあ交換会だと意気込む私に残念なお知らせが。
たった今終わったらしい。皆が持っているのは交換後のプレゼントなのだ。
さすがにがっかりだ。ロンドンまで行って買ったものなのに。マスティマの人ならきっと喜んでくれるものだと思うのに。
「プレゼントをもらっていない人がいるのよ。その人にあげたら?」
アビゲイルが声をかけてきた。
私が持っていたって仕方ないし、そうしよう。
彼女は私の腕を絡めて歩き出した。
片手に大きな紙袋を手にしている。プレゼントが満載だ。それに目を落としていると、アビゲイルは照れたように笑った。
「人妻なのに、ありがたいことよね」
膨れ上がった紙袋。隊員たちの中での人気が分かる。納得だ。アビゲイルは綺麗だし優しいし仕事もできる、女である私でも憧れる人だ。
彼女と私は人の間をすり抜け、奥に進む。
なんだか、この方向ってまずい気がする。足をとめた彼女の傍で強張る。
ワインの空き瓶が乗ったテーブル。その向こうの椅子には、こっちを見つめるボスの姿。
酔っ払ってるのか目が据わってる気がする。いや、この人の目つきの悪さは素面のときでも変わらないか。
「ボス、マイケルからクリスマス・プレゼントですって。受け取ってあげて頂戴」
アビゲイルの言葉に息が止まりそうになる。
まるで、私がボスのために用意したみたいな言い様。そんなことはありえないのに。
確かにグレイじゃなければ、ボスに似合うかもってちらっと思ったけど。本当に渡すつもりなんてなかった。
ボスは無言で私たちを睨みつける。「そんなもん、いるか」ってテレパシーでも伝わってきそうだ。
「こういう時はノリ良く受け取るものよ」
構わず、アビゲイルは私を前に押し出す。こうなったら、もう渡すしかないじゃないか。
私は恐る恐る包装された箱を差し出した。
ボスは私の顔を見上げたまま動かない。結ばれたままの唇。下から挑むように見つめる瞳は、私を追い詰めるだけだ。
こういう時ってどうすればいいんだろう。プレゼントを引くべきか、押し付けるべきだろうか。焦り始めた私に近付いてきたのはジャザナイア隊長だ。
彼は刺繍の入った白いシャツを身に着けていた。カトルマンと言うんだったろうか、フェルト製で革の飾り紐の付いたハットをかぶっている。ウェスタンスタイルだ。
さっき見たときにはなかったものだ。とすれば、これらはプレゼントだろう。早速着用しているなんて隊長らしい。それに束ねた赤毛に映えて、とても似合ってる。
私のプレゼントに目をとめた彼は、笑顔を見せた。
「ボスにもプレゼントか。いいな。いらねぇんならおれが貰うぞ」
ジャズ隊長の言葉にボスの眉がぴくりと動く。箱を手に取った。人から欲しいと言われたら、惜しくなる心理に陥ったようだ。
「レイバン」
ボスは私の背後を見やって声をかける。
振り返ると、レイバンが紙袋を提げて立っていた。ボスに渡すつもりだったのだろう。彼は名前を呼ばれて、喜び勇んで私の隣に並んだ。
「代わりにそれをやれ」
ボスの言葉に彼は硬直する。
まるで機械仕掛けの人形のように、ぎこちなく動いて、こちらを見下ろす。
ボスのためのプレゼントのはずなのに。そんな物を受け取るなんてできるわけがない。
「気持ちだけでいいです」
私は精一杯の笑顔で、その場を切り抜けようとする。レイバンはあからさまに安堵の表情だ。紙袋をボスに差し出す。
ボスは黙って受け取ると、テーブルの上を滑らせた。止まったのはジャズ隊長のまん前だ。
「二つもいらねえ」
あんまりな言葉だ。レイバンはショックのあまり顔面蒼白になっている。
「じゃ遠慮なく」
手を伸ばす隊長。本当に遠慮なしだ。
ボスもボスなら、隊長も隊長だ。レイバンの視線が私に下りてくる。彼は唇をへの字に曲げていた。プルプルと震えながら私の肩に手を置く。
気にするなと言うことだろうが、表情が全てを物語っている。彼は後ろからでも分かるほど肩を落として去って行った。
「毎度のことなのに落ち込むわね」
アビゲイルの声に同情の色はない。
「おれ、また貰っちまったぞ」
ジャズ隊長もそう言いながら、まるで気にしている様子がない。この人たち、同じようなことを毎年繰り返してるんだろうか。
私の考えをよそにボスが箱の包装を破りだす。パーティが終わってからそっと開けてもらいたかったのに。あんなオモチャ見て怒り出したらどうしよう。
箱から取り出して、テーブルに置いた射的と銃。
彼は眉を寄せた。何も言わずに射的の底にあるスイッチを捜して入れている。
途端に警報音と繰り返しの音声が鳴り響く。
「午後九時二十八分。侵入者アリ、侵入者アリ。撃退セヨ」
ボスはオモチャの銃を取ると引き金を引く。効果音の銃声と共にアラームが止まった。
「へぇ、目覚ましか。いいな」
隊長はうらやましげに言う。
私はというとボスの恐ろしい反応を予想して、耐え切れずに逃げ出していた。離れた場所から様子を窺う。
ボスはテーブルの離れたところに的を置き直して、射撃を続けている。
「面白れーの。ボスも気に入ってんな」
グレイが笑いながら近付いてきて言う。
私には本当にそうなのか判断がつかない。顔を見てもほとんど無表情だし、楽しんでいるようには見えないのだけど。
そういえば、あの人の笑った顔なんて一度も見たことがない。っていうか、笑ったりするんだろうか。
「ミシェール、ボスはまだお仕事?」
いつの間に近寄ってきたのだろう。プリシラが私の白衣の裾を引っ張る。近くには父親であるオスカーもいた。
私は彼女の顔と並ぶように腰を落とした。
「もうちょっとかかるかな。ボスは忙しい人だから」
仕事が忙しいから抱っこは辛抱しなさい。母親であるアビゲイルからもずっとそう言われてきたのだ。良心が痛むけれど、彼女を傷つけないためだ。
「プリシラ、がまんできるよ。だってお願いしたんだもん」
きゅっと愛らしい唇を引き絞って言う。
「サンタさんにお願いしたもん。ボスの抱っこプレゼントしてって」
グレイはぷっと噴出して慌てて唇を手で覆った。ぎょっとしたように娘を見下ろしているのはオスカーだ。
それはそうだろう。クリスマス・プレゼントをそっと用意するのは親の役目だ。
私はというと、彼女のけなげさに胸を打たれていた。私がサンタなら、クリスマスの奇跡でもなんでも使って、プリシラの望みを叶えてあげるのに。
現実には非常に実現の難しい願いだ。
「プリシラ、動くゴッドジラーのオモチャが欲しいんじゃなかったのかい? がおーって言って火を噴くやつ」
オスカーは慌てて娘に尋ねる。それにしてもまた随分とデンジャラスなオモチャだ。
プリシラは真剣な顔で考え込んだ。大きな葛藤が渦巻いているらしい。今、彼女の中では、ボスと火を噴く怪獣が天秤にかけられている。
「いっそボスに着ぐるみ着てもらったらいーんじゃね?」
グレイがにやけを隠せないまま、小さい声で口にする。
オスカーは仰天していた。プリシラに余計なことを聞かせまいとするように、彼女を掻き寄せる。
私もボスの着ぐるみ姿を想像してしまった。口の辺りから顔を覗かせた神妙な顔つきのボスを。
ドツボにはまって動けなくなる大人たちを不思議そうに見上げるプリシラ。彼女を囲む三つの壁を幸いにしてか、当のボスはいつの間にか姿を消していた。
そうして、ほどなくパーティは終わりを迎える。
次回予告:朝、ボスの部屋から聞こえてきた銃声。踏み込んだミシェルの目の前で明らかになったのは……。
第70話(最終回)「パーティ後日談」
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