68.クリスマス・パーティ
クリスマスパーティ本番当日。
制服を身に着けたままの隊員たちで会場は黒一色だ。
賑やかさはいつも以上。忙しいのは夢を超えている。会場と厨房を何度往復しただろう。
皆には、温かくてできたての料理を食べてもらいたいから、これは仕方ない。厨房のガスコンロもオーブンもフル稼働だ。
横目でしか様子は見ていないが、最初から盛り上がっているようだ。
グレイは器用にもトランプやコインを使ったマジックを披露していたし、レイバンはいきなりお菓子の場所に寄ってきていた。
ジャザナイア隊長の大きな笑い声は絶えず聞こえていたから、上機嫌に違いない。
アビゲイルはオスカーと一緒に出席していた。プリシラも来ていて、手を振り合った。赤色のワンピース姿が会場に色を添える。
隊員たちからエンジェルと呼ばれて、すでに沢山のプレゼントを受け取っていた。マスコットキャラクターのような人気だ。
私はボスの夕食を運んでいた。くしくも夢の中と同じ配置だ。
ボス本人の姿はまだ見えないが、料理はすぐにでも出せる状態だ。八時に来る予定だとアビゲイルは言っていた。あと一、二分でその時間。あの人が予定の時間に遅れることはほとんどない。
扉が開いた。ボスが現れた。
彼はその場で立ち止まる。あまりの賑わいに驚いているのか入ってこようとしない。何故だろうと思って見ていると、私の傍にいたアビゲイルが苦笑を浮かべていた。
なんだか妙な雰囲気だ。
「何の騒ぎだ」
隊員たちを見回して言う。低いがよく通る声に皆が振り返り、動きを止める。
ボスは左右に分かれた人たちでできた道を抜けて、こちらへ歩いてきた。
「アビゲイル」
「何ってクリスマスパーティよ。年に一度のお楽しみじゃないの」
彼女の口ぶりは見たら分かるでしょうと言わんばかりだ。だけどボスは納得していない。
あちこちに目をやって、更なる金縛りの人を増やしていく。視線で人を石化するという伝説の生き物、バシリスクのようだ。
だが、アビゲイルには免疫があるためか、まったく通用していない。澄ました顔のままだ。
「ボスの好きな物をマイケルに用意してもらったのよ。席はあっちね」
「聞いてねえ」
テーブルを示しての言葉に、ボスは苛立ちを見せる。
アビゲイルは肩をすくめた。
「そんなはずはないわ」
彼女は上着のポケットから折りたたんだ紙を取り出した。それを開いて彼の前に掲げる。まるで日本の時代劇で見たご隠居様の印籠のようだ。
「本社に提出した書類の控え。あなたのサインだってちゃんとある。クリスマスパーティの承認書よ」
アビゲイルの余裕たっぷりの声。
ボスはそれに目を近づけると唸った。
「こんなもん、いつの間に」
覚えていないようだが、私には心当たりがある。
休暇明けにボスに挨拶に行った晩のこと。体格のことを言われて、挑発に乗ってしまった私を押し倒したときだ。あの時、アビゲイルが決裁のサインを求めてやってきた。きっとその時の書類だ。
本物であるかどうか疑っているようだ。ボスは手にとって調べている。だけど、それは間違いなく彼のサインだ。私もペンを取るところを見たもの。
「本社からO.Kは取れているし、経費で出るわ。今さら止める? 皆楽しんでるのに」
こういうやりとりを聞いていると、アビゲイルとジャズ隊長はやっぱり姉弟だなって思う。悔やむなら、やってしまった後にしろってタイプだ。
ボスは渋い顔をして辺りを睨みつけていたが、止める理由を思いつかなかったらしい。
なんと言ってもサインをないことはできない。ろくに見もせず署名したことは彼の問題であって、そんな理由で書類は無効にはならないということだ。
入り口に向きかけたボスの足が止まる。引き返してきて、見事な仏頂面のまま席に着いた。
どうしてだろうと扉のほうを見やると、前にはプリシラがいるではないか。彼女はグレイと話している。気付かれずに扉を通り抜けることは、いくらボスでも不可能だ。彼女がいるのはドアノブの真下辺りだ。
「おい」
しかめっ面のボスの視線が私に移る。
慌ててワゴンにセットされた鍋から料理を皿に盛る。スパゲッティ・アラビアータ、伸びていないと良いけど。あとはパン、野菜の甘酢煮、仔羊の香草焼きだ。
本来なら進み具合を見ながら、一品ずつ出していくのだが、今日は他にもやることが沢山ある。これらの料理は今までにも出したこともあるし、この場を離れても大丈夫だろう。
皿を並べ終わるとテーブルを離れる。ビュッフェの料理はまだ途中だ。あと三品残っている。それを出し終えれば区切りがつく。
ワゴンを押して会場を突っ切っていく。
料理が美味しいと褒めてくれる人、一休みして飲まないかと声をかけてくれる人もいる。
私は礼を言いながら、あと少しだからと断りを入れる。早く片付けて皆と合流したい。
扉にたどり着くと、前ではまだグレイとプリシラが話していた。
プリシラは貰ったプレゼントが気に入らないようだ。可愛いウサギのぬいぐるみをグレイに押し付けている。
「プリが好きなのって、これだったけ?」
グレイはどこからか掌ほどの袋を取り出して、彼女に渡している。プリシラはそれを開けるなり、声を上げた。
「キュート! ねぇ、ミシェール」
通りかかる私は、声をかけられてぎょっとする。
ミシェールって殆ど私の本名だ。だけど子供の言い様。グレイは気にも留めていないようだった。
良かった。ほっとする私に、グレイから貰った人形をつき出して見せる。
この造形、私にはとてもキュートには思えないけれど。どっちかと言えばクールが近いかな。
彼女が手にしてるのは、確か日本映画に出てくる怪獣のキャラクターだ。名前はゴッドジラーだったけ。恐竜ティラノサウルスの大型版のような姿。黒い皮膚と突き出した背びれが特徴。爬虫類には珍しい白目が凶悪さを象徴している。
プリシラは人形を振り回しながら、鳴き真似をして遊んでいる。気に入っているようだ。
ウサギのぬいぐるみより、こんな怪獣が良いなんてユニークだ。それに真似をしている彼女の可愛いことと言ったら。
ボスに抱っこをせがむこの子の心理がなんとなく分かった気がする。ボスの乱暴さは怪獣級だということだろうか。もしかして、彼女なら言うんじゃないだろうか。ボスをキュートだと。
私はくすくすと笑いをもらしながら、ワゴンを押して外に出た。
あと少しだから頑張ろうっと。やる気が沸き起こる。プリシラから元気を貰った気がした。
次回予告:クリスマス・プレゼント。よりにもよって、何故この人に渡すことになったのか。ミシェルは気が進まないままに……。
第69話「プレゼント交換」
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