67.マスティマ式勤労奉仕
それは、ジャザナイア隊長がボスへの報告を終えた翌日の午後のこと。
厨房のゴミをまとめた私は、城の外へ運び出そうとしていた。両手には満杯のゴミ袋。それを所定の場所に置きに行くのだ。
扉にはめ込まれたガラス窓から空を見上げる。一面重い灰色の雲。見るからに寒そうだ。
早く目的を果たそうと庭に踏み出す。そして、騒がしい音に気付いた。
重機の音だ。サイズは小さいが、ショベルカーが庭に入り込んでいる。シャベルやつるはしを持った、作業服を着た人たちが地面を掘り起こしていた。
業者が入るなんて聞いていないけど、私まで連絡が来ないのはいつものことだ。
地面からの寒さ。足元から冷えが上ってきて凍えそうだ。早く暖房の効いた部屋に戻りたい。
城を取り囲む塀の傍のゴミ置き場に急ぎ、始末する。身を切るような一陣の風に思わず足が止まり、体をすくめてしまう。続いて「くちん」と子犬みたいなくしゃみが出た。
「そんな薄着で大丈夫かぁ?」
聞いたことのある声がした。
私は首をめぐらせて唖然とする。キャタピラーを軋ませて近付いてくる白いカラーリングのミニショベルカー。それを操作する人、ヘルメットに灰色の作業着のこの人はジャザナイア隊長ではないか。
彼はショベルカーを横付けにした。
着ておけと上着を脱いで放る。内側にボアのついた紺色のウインドブレーカーだ。
そんなことをしたら隊長が寒いんじゃないかと思ったが、取り越し苦労だった。中綿入りのジャンパーの下に重ね着をしているようで着膨れている。他の作業員の人たちと比べて、明らかに着すぎだ。
とりあえず礼を言って袖を通す。まったく別次元。温かさ格別だ。
「何をやってるんですか、隊長……」
気を取り直して尋ねる。白いヘルメットには安全第一なんて書いてあるし、足元はゴム長靴だ。
「何って新しい訓練場を作ってんだ」
「隊長がですか?」
答えが腑に落ちない。仮にもマスティマのナンバーツー、部隊長である人だ。こんな土方に借り出されていいはずの人ではない。
彼は片手で髪に触れた。私はその行動に釘付けになる。こういう行動を取るときの隊長って、パターンがあるような気がする。
「ボランティアだって!」
じとっとした私の視線にたまりかねたように声を上げる。ますます怪しい。
「まさかジャズ隊長、この間のヘリのことと関係あるわけじゃないですよね?」
「なんのことだぁ?」
やっぱりだ。しらばくれて。後ろ頭をかく仕草からしてみても不自然だ。
「隊長」
詰め寄る私に、これ以上は無駄だと判断したらしい。
座席にかけていた黒い制服のコートのポケットに手を突っ込むと、私に向かって何かを放り投げた。小石ほどの大きさのそれを慌てて受け止める。
「幸運のアイテムだ」
彼の言葉に、そっと包み込んだ両手を解くと、そこにあったのは十ペンスのイギリス硬貨だった。
裏返して愕然とする。表と同じ柄、頭に王冠を載せた獅子のデザイン。両面とも表だ。
「まさか、これでボスを?」
頭がくらくらしてきた。こんなものであの人を丸め込んだなんて。
そんなことがばれたりしたらって考えたりしないのだろうか、この人は。
「グレイに貰ったんだ。両面裏もあるんだぞ」
得意げに言っているが、そんな問題でもない。
「だから、ボランティアなんだ。なぁ」
隊長は後ろを振り返って言う。
いつの間にか向こうにいた作業員達がショベルカーの周りに集まっていた。
「終わってからの飲み会が楽しみで」
「隊長、ご馳走になります」
異口同音の五人の男達。シャベルやつるはしを肩に乗せて。
よく見ると彼らもまた見覚えのある顔だ。マスティマの隊員たちではないか。体格のいい彼らは本職の人たちと比べても遜色無しだ。
「ここの仕事なくしても土方で食っていけるぞ」
隊長の言葉に皆はどっと笑い声を上げた。
「さあ、ランチャーの弾代稼ぐまで、もうひと踏ん張りだ」
弾代稼ぐって……それはすでにボランティアですらないと思うのだけど、皆笑顔を見せて楽しそうだ。片拳を上げて皆を鼓舞する隊長。まさに体育会系のノリ。
この間の事件の関係なら、私も働くべきだと思ったが、それはジャズ隊長に一蹴された。
「お前は休んだことなんてねぇし、いつもが無償奉仕みたいなものだろ」と。
聞けば、ジャズ隊長を始め彼らは一様に休暇中で、“ボランティア”の後の親睦会を目当てに、集っているらしい。
つまり、昨日今日から始まったことではないということだ。
城の修復を名目にバルコニーを作ったとき、手際が良かったわけを知る。
あのボスが気付いていないはずはない。隊長に付き合って、あの人なりに折れているということなのだろう。
そう考えると、いつもは滅茶苦茶でも、やっぱりボスなんだなと思う。……とはいっても、感心しているわけではない。そんなことは決してない。
「今日は寒いし、終わったらホットウィスキーで一杯やるか」
そう言って隊長たちは盛り上がる。
「日本酒の熱燗っていう手もありますよ」
私は口を添える。
先日、取り寄せた料理用の日本酒。何故か来たのは大吟醸の一升瓶。料理酒に使うのもはばかれる名酒中の名酒。
冷え切った彼らの体を温めるのに使えるなら、これ以上のことはない。
両方味わおう。彼らの結論はこうだった。
ジャズ隊長の自室を開放してのお疲れ様会。ボスの夕食前までには返してもらうことを約束して、保温機能付きのワゴンを貸し出した。これで、熱燗だって冷めることなくばっちりだ。
こうして、ようやく「本社ヘリ威嚇砲撃事件」の幕は下りたのだった。
次回予告:いよいよ始まったパーティ。腕の見せ所とミシェルは奮闘する。皆楽しんでいる様子だが、例外がいるようで……。
第68話「クリスマス・パーティ」
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