66.未確認飛行物体
ディケンズ本社のヘリを威嚇砲撃してから三日後の朝。
私は城の廊下を歩いていた。
押しているワゴンの上の皿は空っぽ。朝食ミッションは無事完了。次の仕事はこれらを洗うことだ。
途中、人の話し声を耳にして足を止める。
これはジャザナイア隊長の声だ。そして、聞こえてきたのはボスの執務室からだ。
扉が完全に閉まっていない。隊長の仕業とみて間違いない。こういう細かいところをあまり気にしないのが彼でもある。
言葉の端を聞きつけた私は、ワゴンを壁に寄せ、扉に寄り添った。
ボスへ向けられたジャズ隊長の声を聞いて、耳を疑う。交わされているのは、この間の事件の話。
「それが残弾数不一致の理由か」
答えるボスの声は冷たくて深い。これは嵐の前の静けさだ。
「ああ。U.F.Oに一発かましたんだ」
対照的に明るい隊長の声。
しかも微妙に事実と違っている。確かに、隊長にとっては未確認飛行物体だったわけだけど。
それにしても、なんで今そのことを話しているんだろう。ボスに報告する際には、一緒にとお願いしていたのに。
なんといっても本社のヘリが来ることになったわけは、私にあるのだから。CEOの言葉を安請け合いしたせいなのだ。
その時、隊長は随分渋っていたけど、最後には了解してくれた。今日の午後に二人でボスに報告する予定のはずだった。
一応腕時計を確認する。まだ十時にもなっていない。思いっきりフライングだ。
「ほう。それはどんな形をしていた?」
「えっと、スワロフスキー型だったぜ」
U.F.Oってそんな形があったっけ。
なんだか隊長、苦しい言い訳になってきたんじゃないだろうか。
本人が自覚しているかは不明だ。声のトーンはまるっきり変わっていないし。
「……アダムスキー型のことか」
ボスの声、心なしか震えているような。
「さすがボス。物知りだな!」
隊長の声と重なる大きな打撃音。ボスがデスクを叩いたようだ。
「ざけんな。お前が狙ったのはヘリコプターだろうが」
やばい展開だ。
でも、なんでボスがそんなことを知っているんだろう。その時は城にはいなかったはずなのに。
その疑問はボス自身の言葉ですぐに答えが出た。
「レーダーに機影がくっきりだ。三日前、俺が行っていたのは本社の技術開発局。最新鋭のレーダー実験会だ」
「ゲェ……」
ジャズ隊長の押し潰れた悲鳴と私の心の悲鳴は一致していた。
「くだらねえ嘘だな」
ボスが席を立ち、近付いてくる。このままではまずい。
足音を耳にして、いてもたってもいられず、私は部屋の中に飛び込んでいた。
「待ってください、ボス」
ジャズ隊長の前に立ってボスと向かい合う。
鋭い眼光が射抜くが、構っていられない。私がしでかしたことで、ジャズ隊長が犠牲になるなんて間違っている。
「なんで出てくんだ、マイケル」
隊長は後ろから私の肩を掴んで下がらせようとする。私は彼へと振り返った。
「話が違います、隊長。報告には僕も立ち合わせてもらう約束じゃないですか」
「どっちにしたって、あいつの怒りは変わらねぇ」
「でも……」
言いかけた私を突然、肩を掴んでいた隊長が横に押し出す。
耳の辺りに風を感じた直後、派手な音を立てて壁にぶつかる物を目にした。
床に落ちたのは、デスクにあったはずの獅子をかたどった書類を押さえるための重石。
背後からのスローイング。隊長が押してくれたお陰で当たらずに済んだのだ。
「邪魔だ。うせろ」
高圧的なボスの声。
振り向くと、腕を組んで私を睨みつけていた。自分自身を奮い立たせながら、私は一歩前に出た。
「聞いてください、ボス。原因は僕にあるんです」
「ちょっと待て」
ジャズ隊長が慌てたように私の右腕を取った。腕を振ってそれを払おうとする。
「重要なのは結果だ」
ボスは冷たく言い放った。
「領空を侵せば落とされて当然。それが何処の機体だろうとな」
この人は、三日前に城を訪れたのがヘリコプター、それが本社のものだと知っているのだ。私は確信しながら、ぞっとした。
「これ以上、おれに恥をかかせるな」
ジャズ隊長はそう言って、抵抗を忘れた私を引きずるようにして扉へ向った。
外の廊下へと突き飛ばされ、尻餅をつく。起き上がる暇もなく、扉は閉じられていた。飛び起きてノブを回しても開かない。内側から鍵をかけられている。
「ジャズ隊長!」
叫んで扉を拳で叩いたが、返事はなかった。そばに耳を寄せても何も聞き取れない。隙間があれば届く物音も今は阻まれている。
それでもボスが銃を使ったなら、その銃声くらいは聞き取れるはずだ。大きな音が特徴の衝撃銃なら、間違いない。
問題なのはそんな音を耳にしても、扉の先にはいけないことだ。すぐに助け出すことはできない。
静か過ぎる廊下で気を揉むばかりだ。隊長のことが気がかりで、その場から離れることができなかった。
二十分ほど経って、扉が内側から開いた。
廊下に出てきたジャザナイア隊長を目にしてほっとする。無事だ。彼は私を見つけ、目を丸くした。
「まだいたのか、マイケル」
「だって、僕の尻拭いのために隊長の身に何かあったら……」
私の頭に手をやり、彼はにこやかに笑う。
「気にすんな。こんなの日常茶飯事だ。部下を守るのもおれの仕事だからな」
頭をぽんぽんと叩かれながら、私は白い歯をこぼす隊長を見上げた。
笑顔が眩しい。細められた緑色の瞳は愛情深さに溢れている。赤い巻き毛も豊かな感情を表しているようだ。肩幅も思ったより広いことに気付く。この人ってこんな頼りがいのある人だっただろうか。
「……隊長、惚れそうです」
思わず口走った言葉。彼はぎょっとして手を引っ込めた。
「おれは男には興味ねぇぞ」
軽く笑顔を引きつらせている。
そういう意味ではなかったのに。彼が男だからとか、私が本当は女だからとか、そんなことではない。一人の人間として尊敬に値すると思ったのだ。あのボスに真正面に向き合うことができる、数少ない人物に違いないのだから。
隊長は私に背を向けた。
「もちろん。人としてってことですよ」
私の言葉に振り向いて、分かってるといわんばかりに頷く。笑顔が戻る。
「早く仕事に戻れ。あいつに怒るタイミングを与えねぇためにもな」
隊長の言葉に従って、私は壁に寄せたワゴンに手をかける。
そして、隊長が向ったのとは反対の方向にある厨房へと歩き出す。
私はほっとしていた。この時は、ヘリへの威嚇砲撃の問題は解決したものだと信じていたのだ。
ジャズ隊長が無事に執務室から脱出を果たしたことから見ても、間違いないと思っていた。あのボスが納得せずに隊長を帰すはずがないのだから。
次回予告:城の庭を工事している作業員。だけど、この人たちって見覚えが。ショベルカーを操縦しているのって……。
第67話「マスティマ式勤労奉仕」
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