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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(5) Christmastide クリスマス・シーズン
63/112

61.沈黙のヘリコプター

 ディケンズ本社の屋上にあるポートには、今にも出発しそうなヘリコプター。

 回転翼から起こる風に押されながらも必死で駆ける。

 その途中で担架に乗せられて運ばれる人とすれ違った。急病人だろうか。黒っぽいズボンだったような。顔も見たことあるような。

 だけど、足を止めて確認する時間なんてない。まだ扉の開いているヘリへと向う。

「すみません、お待たせして」

 詫びながら乗り込み、扉を閉めた。

「遅せえ」

 低い声が迎える。

 顔を上げると目の前の席にいたこの人は、ボスではないか。

 白いシャツに黒いズボン、黒いコートのいつもの制服姿。色の濃いサングラスをかけた横顔が見える。

 座席に着いた彼は反対側の窓から外を見やっていた。こちらを振り返りもしない。

 なんでこんな所にボスがいるんだろう。

 昼食の準備を終えた後、すぐに私はロンドンへと発った。その時にはボスはまだ城にいたはずだ。

 いや、出発がいつかなんて大したことではない。問題なのは、よりにもよって私の乗るヘリにこの人がいるということだ。

「遅くなってすみません」

「詫びはさっきも聞いた」

 声がとげとげしい。やはり、こちらを見もしない。イライラとしている様子の彼は、操縦席を後ろから蹴りつけた。

「お前も降りるか。さっさと出せ」

 そう言って操縦士を慌てさせる。なんだか、いつもにも増して凶暴だ。

 それから、むっつりと黙り込んで、ボスは再び窓へと顔を向けた。

 私は嫌な予感がして操縦席を覗きこんだ。

 二つの座席の一つには黒い上着が残されている。操縦士は着ているから彼のではない。ということは、誰かがこの席にいたということだ。そして、今乗っていないということは……。

 ヘリは離陸する。窓から建物の中に入っていく担架が見えた。

 まさか、あれに乗せられているのって……。私はボスを見やった。彼は変わらず外を見続けている。

 何が起こったのかを知るためには、操縦士かボスに尋ねるしかない。

 だけど、もちろんどちらにも聞けるわけがない。ボスのあの苛立ちよう、触れたら火傷じゃすまなそうだ。

 最新鋭のヘリコプターのステルス機能が働きをみせる。機内の音もかなり抑えられ、静か過ぎるほどだ。なんとも気まずい雰囲気。

 ボスの後ろの席に着きながらも気を揉む。

 あの人が何に腹をたてているにせよ、重苦しい空気はなんとも我慢しがたい。息をするのにも気を遣わなければいけない感じだ。

 こうなったら思い切って突破口を開くしかない。

 今晩の御飯の話題とか。コックである私ができる話といったらそれくらいだ。

 意を決して、ボスの席へと回った。

「ボス、今日の夕食はペンネ・アラビアータにしようかと思ってるんですけど、どうでしょうか。美味しいパスタが手に入ったので」

 後から思うと冷や汗物だ。文句を言わず食べてくれるものの一つには違いないのだが。

 このアラビアータの語源からしてツッコミどころだ。

 ボスは何も答えず、振り向こうともしなかった。座席に寄りかかり、足を組んで膝に両手重ねて当てた状態から動かない。サングラスをかけているから、どこに視線が行っているのかも分かりにくい。

 私はそっとボスの傍に寄った。

 そして気付く。この人は私を見てはいない、声も聞いてもいないことに。

 耳にはイヤホンが差し込まれていた。目は閉じられていて、音楽に没頭しているようだ。

 耳を澄ませば漏れている高音域。何を聞いているかは不明だが、完全に外の世界と隔絶している。

 私は諦めて自分の席に戻った。

 ボスに対抗してではないが、私も自分のことをしようと鞄から本を取り出しかけて止める。

 小さな活字のものなんか読んだら酔いそうだ。かといって、他に時間つぶしになりそうなものは持っていない。

 外を見るのもいいかもしれないけど、空からの景色って見ていて落ち着かないし。

 目をつぶって座席に体を預ける。眠くはないけど休むくらいしかないか。

 今晩のボスのご飯はペンネ・アラビアータに決まりだから、それに付け合せる物を考えなきゃ。他の皆のはラザニアにでもしようかな。

 夕食のことを考えているうちに、なんだかエンジンの音が心地よくなってくる。ステルス機能がこんな風に作用するなんて。

 そうして、私はいつの間にか眠りの海に沈んでいった。


 城に着いて、操縦士が起こしてくれたとき、すでに機内にボスの姿はなかった。

 そこでようやく事の次第を知った。

 ボスの犠牲者が操縦士見習いの隊員であること。離陸を急かすボスへかけた一言が災いを招いたこと。

 そして、彼が言ったのは、「本社からマイケルがこの便に乗ると連絡が来ています。待たずに出発してよろしいですか」だということ。

 とすれば、私のせいとしか思えない。その人が担架で運ばれることになったのは。

 なんて謝ればいいだろう。うろたえる私に、操縦士は気にしないように言ってくれた。

 ステップを上がろうとするボスに声をかけた見習い隊員は、操縦席から引き摺り下ろされた。

 つまり、ボスの苛立ちはヘリに乗り込む前からで、呼び止めた時点で彼の運命は決まっていたのだろうと。

 そんな風に聞いても慰めにはならなかった。養生が済んで城に戻ってきたら、お詫びをしなければ。

 落ち込んだ気分で厨房に戻ると連絡が入った。アビゲイルだ。断りが入ったから、今晩のボスの食事は用意しなくていいと伝えてくれた。

 それからその日、ボスの姿を見ることはなかった。

次回予告:「お前は良くやっている」って、これは誰の言葉? ミシェルは驚くばかりで……。

第62話「ねぎらい」


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