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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(5) Christmastide クリスマス・シーズン
61/112

59.イン・ロンドン

 もう十二月。間もなく今年も終わる。

 今日は半日休暇を貰ってロンドンの街に出てきた。一枚しか持っていないスーツを着て。

 相変わらず慣れず、違和感は変わらない。それに中に着込みすぎて動きにくい。男物のコートを一枚くらい買っておけばよかった。

 だが、クリスマスムード一色の街に、気分も高揚してそんなことはどうでもよくなってくる。

 なんだかんだ言いながら、一年あっという間だった。特にマスティマに入ってからは。

 忙しく余裕もなかった。周りの人たちに助けられて、なんとか今日まで頑張ってこられた。

 だから、アビゲイルから聞いた、皆の労をねぎらってのクリスマス・パーティ開催には大賛成だった。無礼講の上、なんとプレゼント交換タイム付きだ。

 私はコックとして、皆の好きな食べ物を聞いて用意するつもりだった。これが私からのプレゼントだ。だけど、それ以外に交換する物を用意しなければならない。

 だから、ディケンズ本社へ出向く用の隊員の便を借りて、ロンドンまでやってきたのだ。

 何にするべきか悩んでしまう。雑貨屋を何軒かくぐり、溜め息をつく。これだというものが見つからない。

 城に帰る便に乗せてもらうには、本社まで戻らなければならない。移動の時間を差し引くともう時間がない。

 どうしよう。また改めて出てくるしかないだろうか。

 諦めかけた私の目にショーウィンドーから覗く射的が留まった。

 前に城の地下射撃場で目にしたようなものの小型版だ。見るとその店はオモチャ屋ではないか。私は急いで店内に入った。

 的とオモチャの拳銃。箱もあった。目覚まし時計らしい。箱の脇に書かれた説明書きを読む。

(本職もハマる? 究極の目覚まし時計。銃で的を撃つとアラームが止まります)とある。

 面白そうだ。だいたいこんな風な物が合いそうだといったら、グレイだろうか。いや、それよりも……。

 私ははっと腕時計を見やった。やばい。時間がない。もうこれに決めた。

 会計を済ませて包装をしてもらう。箱を抱えて、本社に一直線だ。地下鉄に乗るために駅に走る。

 電車に乗っている途中、持参していた布のバッグにその箱を突っ込んだ。

 今日は食材を求めて出てきたのであって、プレゼントを買いに来たのではない。表向きはそうなのだから。

 一応先に買っていたパスタを上に置きなおす。これで外からは入っているものが見えない。

 私は改札を出ると、大急ぎで街を駆け抜け、本社ビルのエントランスの自動ドアをくぐった。


 受付で止められて確認を受ける。

 姓名と生年月日、それに所属部署名、IDコードまで求められる。

 時間がないのに丁寧すぎるほどだ。微笑み溢れる受付嬢の穏やかな語り口にやきもきする。その場で駆け足したい気分だ。

 手を差し出すよう言われ、甲に押された特殊インクのスタンプに光を当てる。浮かび上がったバーコードを読み込んでパソコンで照合。どこかへ電話をかけた受付嬢は申し訳なさそうに言った。

「ヘリはもう出てしまったそうです」

 案じていたことが現実になった。でも、私のせいだ。時間厳守だと念を押されていたのに。私は落ち込んで首を垂らした。

 マスティマの城は公共の乗り物を使って行けるような場所にはない。

 もともと住所なんて存在しないのだ。詳しい場所だって分からないから、タクシーに乗っても運転手に伝える自信がない。

 第一、遠すぎる。それに一般の車両を敷地内に入れたりしたら、後できっと面倒なことになる。

 どうしようかと思案に暮れる私に、受付嬢は明るく声をかけた。

「一時間半後に出る便がありますよ。それに乗られたらいかがですか」

 思わず、本当ですかと聞き返してしまった。

 マスティマとディケンズ本社の定期便は朝の一便だけだ。悪くすれば、翌日まで足止めを食らうことも覚悟しなければならなかった。こんなに早く次の便があるなんてラッキーだ。これで無事に城に帰れる。

 受付嬢に時間つぶしの場所を尋ねた。最上階にティー・ラウンジがあるとのことだったので、エレベーターで向う。

 綺麗な場所だ。とても社内とは思えないほどの。

 外に面した壁は全面ガラス張りで見晴らしがいい。壮観にさえ思える立ち並ぶビル群。下を覗くと目がくらむ。米粒のような人と、ミニカーよりさらに小さい車。

 私は景色の良い窓際の席を陣取った。利用する人もまばらで静かだ。

 セルフサービスのコーヒーを紙コップに注いで席に戻る。まずは一口。あまり美味しくないけど、ただで飲ませてもらってるもの。贅沢は言えない。

 私は常備しているメモ帳を鞄から取り出した。パーティのことでも考えよう。

 まずはメニューから。城に戻ったら、隊員たちにアンケートをとって食べたい物を尋ねなければ。一人一品と考えて、何品になるだろう。

 アビゲイルは城にいる隊員のほとんどが集まると言っていたけれど、はっきりとした人数はその日まで分からないらしい。となれば、やっぱりビュッフェ形式にしたほうがいいかもしれない。

 場所がどこになるかでテーブルの配置が変わる。必然的に置ける料理の数も決まってくる。これは相談しなければ何も決まらない。

 私一人ではどうしようもないから、とりあえずこの件は置いとこう。私は早々にメモ帳を閉じた。

 そして新たに取り出したのはバッグの奥に入れた本だ。古本屋で見つけたもので、あまり状態が良くはないが、レア物だ。

 「世界の料理とその起源」の著者が書いた第二弾「料理の歴史とその変遷」。第一弾が一品一品に的を絞って書かれていたのに対して、この本は大昔の料理から現代の料理までの移り変わりを辿っていく形だ。

 時代と共に、土地土地で影響を受けあって生まれる料理の流れは、まさに系統図のようだ。

 仕事に戻ればゆっくり読む暇はないだろう。今こそがチャンスだ。無意識に声を出して読んでしまうのを防ぐために口を手で覆う。私はわくわくしながら本のページをめくった。

次回予告:本社の女性たちのおしゃべり。話題に上ったのはミシェルもよく知った名前。彼女は聞き耳を立ててしまうのだが……。

第60話「噂の人物」


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