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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(4) Vigil もう一つの仕事
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58.リノベーション

 数日後、悪戯好きな妖精話も下火になった頃。

 夜、廊下を歩いていると、例の窓から空を見上げるボスの姿を見かけた。思わず角に隠れて様子を窺う。

 窓を開けた彼は、窓枠に手をかけた。私だと椅子がないととても上れない位置だが、問題ないらしい。あの身長と足の長さだ。

 よじ登り、窓の外へ出ようとした彼を通りかかったレイバンが見つけた。

 窓からはみ出ているコートを引っ張り、彼を留めている。

「危険です、ボス」

「邪魔すんな」

 ボスは振り返り、コートを引っ張り返す。

「このレイバン、ボスのお命に関わることはこの身に代えましても……」

 飛びついてでも下そうとジャンプするレイバンの顔面をボスの足が襲う。

 額の真ん中に足の裏がクリティカルヒットだ。

「あいつに行けて俺に行けねえ訳ねえだろうが」

 ボスの言いように、私は我慢できずに手の内でぷっと噴出した。あの人が私に対抗意識を燃やしているなんて。

 チビでもいいこともあるものだ。ボスの体重では、恐らく壊れかけの屋根を安全に渡ることは困難だ。

 意味の分かっていないレイバンだったが、ボスを助けようとする気持ちは本物だ。額の足型を気にもしないで、必死で止めている。

 その様子にボスも諦めたようだ。下りてきた。

「アビゲイルを呼んで来い」

 あからさまに安堵の表情を浮かべるレイバンへと命令する。

「修繕費が要る」

 修繕費? 私が壊してしまった屋根のことを言っているのだろうか。だけど、それはアビゲイルだって知っているはずだ。怪我をしたレイバンだって見ているから。

 レイバンが固まっている。訳が分かっていないのは彼も同じのようだ。

 ボスはコートの内側に手を回し、銃を取り出した。あの大きさ、普通の拳銃ではない。

 悪い予感はすぐに実現した。

 銃口の先には開け放たれたままの窓。的も見ずに手を上げた状態で、ボスは引き金を引いた。

 派手な爆発音がして屋根が吹っ飛んだ。向こうの通路から大量の埃が流れ込んでくる。

 なるほど、それで修繕費か。……って、納得している場合ではない。

 ただならぬ物音に駆けつけてくる隊員たち。その中にはアビゲイルもいた。彼女は城の惨状を見て言葉を無くした。しばらく半開きだった唇から漏れたのは、深い深い溜め息。

「衝撃銃のリミッターを勝手に外したのね」

 そして、さらに彼女の血の気を引かせたのは「ここにバルコニーを作る」との横暴なボスの言葉だった。

「ただでさえ赤字ぎりぎりなのに。本社の監査があるのに」

 呪文のように繰り返している。気の毒だ。

 それにしてもボスは無茶をする。組織の城を壊すなんて、一体どういう神経してるんだ。

「コックから聞いた。星空はここからの眺めが一番だとな」

 ああ、ボス、なんてこと言うんですか。

 隊員の一人が私を見つけ、指差す。皆の視線が一斉に集中する。

 私のせいだって言うの? そんなの酷すぎる。私だってお気に入りの場所を壊された被害者なのに……。


 結局、修繕費は経費で落ちることになった。

 だけど、それだけではとてもバルコニーなんて作れない。そこで、ボスは作業を隊員たちにやらせる作戦に出た。修繕費を資材に当てて、あとは彼らに作らせようというのだ。

 地上五、六階の高さなのに素人がバルコニーなんか作って安全だろうか。

 だが、それは大丈夫だった。

 人数がいれば中には建築に秀でたものもいるものだ。エリート集団のマスティマなら、なおさら高確率だ。

 技術情報部が図面を引き、実行部隊が工事に当たる。鮮やかな連携プレー。

 休憩中の飲み物やお菓子を現場に届けながら、舌を巻く。マスティマの制服を着ていなければ、本職の人たちと言っても通りそうだ。動きに無駄がない。

 正規の業者よりは日にちはかかったというが、やがて、立派なバルコニーが完成した。折りたたみ式の透明のルーフまで付いている。

 さらに、数段高い場所にはボスのプライベートゾーンまで完備。リクライニング・チェア付きだ。ボスは私物の望遠鏡なんか持ち込んでご満悦の様子だ。

 私も平らな場所で安全に星空を眺められるようになった。

 大喜びなのはジャザナイア隊長だ。雨の日だってルーフを広げてバーベキューができると。すぐに通販でバーベキューセットを注文したらしい。

 グレイも肌を焼くにはいいかもと隊長にデッキチェアの購入を勧めていたし。というか、彼の場合は昼寝にはもってこいということだろう。

 レイバンさえも興味津々だ。造設中から度々現場を覗きに来ていた。

 溜め息をつくのはアビゲイルだけ。彼女は監査のときにバルコニーをどうしようかと悩んでいた。これはもう見つからないように隠すしかないと。

 あんな大きな物、稀代のマジシャンでもない限り、そんなことは無理なのに真剣に考えている。

 洗濯物干し専用のものだと言いくるめるかとか。……それにしては贅沢すぎるし。

 出入り口を壁のように塗り固めるとかとか。……そんなことをしたら使えないと思う。

「ああ、もう。ボスの衝撃銃で吹っ飛ばそうかしら」

 煮詰まった彼女はそんなことまで言い出す。そんなことをしたら、後で怖いことになるのは間違い無しだ。ボスにしても本社にしても。

「日にちはまだあるんでしょう。一緒に考えますよ、いい方法」

 思わず声をかける。私にできるのはそれくらいだ。

 それでも、彼女は良い協力者が出てきたと喜んでくれた。

 一人では無理でも二人なら何とかできることもあるはずだ。私たちは一緒に知恵を絞った。

次回予告:マスティマでクリスマス・パーティ開催が決定? ロンドンまで買い物に出てきたミシェルは……。

第59話「イン・ロンドン」


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