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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(1) Road to the Mastema マスティマへの道のり
6/112

6.隠れ潜む脅威

 目の前にした食堂。二十人ほどが入れるそのスペースに並べられたイスとテーブル。その上に散らかったゴミ。

 干からびた食べ物や汁が染み付いている。これでは床もテーブルの上もほとんど差はない。

 ゴミ箱に溢れているインスタント食品の包装。そして、食べ残し。匂いも相当なものだ。

「これは……酷いわね」

 アビゲイルも言葉を詰まらせた。思いっきり眉間に皺が寄っている。

「仮契約の開始は明日の午後からでしたよね?」

 私の確認に、口と鼻を手で覆っている彼女は頷く。

「今から掃除してもいいですか。こんな所で食事してたら病気になっちゃいますよ」

 マスティマが男所帯だとしてもこれは酷すぎる。アビゲイルもそれを認めた。彼女は深く頷くと、掃除道具の手配をしてくれた。

 雑巾やモップ、箒にちりとり。掃除機も。それにゴミ袋。

 掃除に取りかかるべく、ジャケットを脱ごうとしてやめる。

 誰が訪れるかしれない。薄いシャツでは女であることが分かってしまう可能性だってあった。仕方なく上着を着たままで掃除を始める。

 別の仕事があるからとアビゲイルは出て行ってしまった。

 まずはゴミ箱からあふれたゴミを袋に入れる。袖を汚さないように気をつけて。

 こういうところにはアレが出る。

 普通なら考えそうなことだ。だが、私は初めて取りかかった仕事に夢中になっていて、そんなことは思いもしなかった。

 よく知ったあの音を聞くまでは。丸まった紙が地面を転がるような音。

 ぎくりとして振り向くとソレはいた。

 油でも塗っているかのような艶やかさ。長い触角。まさにアレだ。

 六本足の超危険生物!

 一匹ではない。私の足元にも。

 今まさに足の甲の上を通りかかっている。革靴の上からでもその感触が伝わってくる。

 気が付いたときには悲鳴がもれていた。まったく素の声。誰が聞いても女の声だと分かる。

 慌てて口を塞ぎ、廊下に飛び出して回りを確認する。

 幸い誰もいなかった。誰か通りかかる様子さえない。アビゲイルももう遠くに行ってしまったようだ。

 ほっとしながらも食堂にはもう戻れない。

 扉を閉めて考え込む。開ければいる。私の苦手なゴの付く生き物たちが。

 他の昆虫に罪はない。アレが特別なのだ。

 何が嫌いってあのフォルム。メタリックとは違う、触ったらベタベタしそうな艶のある体。動き方も嫌だ。素早いくせに、時々はたと立ち止まる。何を考えてるのか分からない。

 人類よりもずっと昔から地球に棲んでいた大先輩ではあるが、残念ながら敬意なんて感じない。

 アレとのバトルロイヤルは人類滅亡の日まできっと続くと思う。

 私は頭をめぐらせる。ここにじっとしているわけにもいかない。

 思い切って入って戦う? 

 箒で叩くか……まともに見れないほど嫌なのにヤツらに当たるはずもない。

 掃除機で吸う……アレがまた忘れた頃に吸い込み口から出てくるかもなんて考えるだけでもホラーだ。

 殺虫剤を借りに行く……でも、殺虫剤ってすぐに効かないって言うし、飛んだアイツらは方向感覚ないからこっちへ来るかもしれないし。

 こうして考えをめぐらせているだけでもぞっとする。扉の前で苦悩すること数十分。

「何してんの?」

 突然、声をかけられた。

 振り返ると、黒いハーフコートのポケットに両手を突っ込んだ銀色の髪の男がいた。

 長い前髪で右目は殆ど見えない。年は私と同じかもっと若いようにも見える。少年を思わせる華奢な体格だが、もちろん私よりはずっと背が高い。

 さっきジャザナイア隊長の後ろにいた二人のうちの一人だ。

「いえ、中を掃除してたんですけど、アレが出たもんで」

「アレ?」

 上ずった私の声に首をかしげながらも、彼は躊躇なく食堂の扉を開けた。

「ああ、コレね」

 彼は振り返って片手を突き出した。摘むようにして持っているのは長い黒っぽい紐のようなもの。そしてその先にはよく知った楕円の形が。

 私は声もなく後退りした。

 素手で持っているアレを。どうやって、いつ、手にしたなんか問題ではない。

 よほど酷い顔をしていたのだろう。その人は噴き出した。

「オモチャだよ、オモチャ。面白れー奴だな」

 私に向かって投げてよこす。思わず横に飛び退く。

 オモチャだと言われても嫌いなものは嫌いだ。よく出来ているし……。というか、オモチャでもじっと見ていると鳥肌ものだ。

 だが、それは甘いものだった。距離を置いてアレのオモチャをやり過ごして、食堂の入り口に立つ。

 そして目にしたもの。私は呻いて口を押さえた。

 アイツらが死んでいる。それも床の上で串刺しになって。貫いているのはダーツの矢。

 私は半分涙目で隣の銀髪の男を見やった。彼はにやっと笑うと廊下を振り返った。

「おいお前、何人か連れて来い」

 通りかかった黒いジャケットの男に声をかける。

「はい、グレイさん」

 男は慌てて今来た道を走って戻っていった。グレイと呼ばれた銀髪の男よりも年上に見えたが。

 私が顔を見上げると、彼は扉に手を付きながら、再び唇の端を上げて笑った。

次回予告:食堂の掃除を終えたミシェルたち。彼らの耳に突然響いてきた爆発音。動揺するマスティマ隊員。現場に駆けつけた彼女が目にしたものは……。

第7話「初日の事件」

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