5.ミッション後
程なく廊下の先に五人の男たちの姿が見えた。明かりの下に浮き上がる闇の色。
彼らの着衣が黒だったため、それは一角を埋め尽くす塊のようにも見えた。
体に緊張が走る。彼らの中に幼い私を救ってくれたあの夜の男が含まれているかもしれないのだ。
黒髪の青年が先頭を歩く。なびくコートに襟の開かれた白いシャツ。ネクタイは緩められ、両手には黒くぴったりとした革手袋を着けている。
背丈は私より三十センチほど上に見える。百八十以上あるんじゃないだろうか。
鋭い目は随分前からこちらを捉えている。ライフルを片手にしていることから、スナイパーなのだろう。ボスのボディガードというところだろうか。
その後ろに見えているのはこれまた黒髪の男だった。彼は私たちを見ると笑みを浮かべた。黒い巻き毛が、優しげな笑顔に柔らかさを付け加えていた。
コートは着ていないが、黒い上着を身に着け、しっかりとネクタイを締めている。胸に挿しているのは濃い紫色のポケットチーフ。
歳は三十代後半くらいだろうか。落ち着いた雰囲気のある男だった。年齢からして彼がボスなのだろう。
私を救ってくれた人に違いない。
脇にいるのは赤毛の青年。ノーネクタイのシャツに上のほうまでボタンをとめたコート。襟から束ねた癖のある髪がのぞいている。彼は顔をしかめ、不審そうに私を見ていた。
「お疲れ様」
アビゲイルが声をかける。赤毛の男が一転して嫌味ない笑顔を向ける。
「ミッションは完璧だぜ、アビー。ボスの出る幕はなかったんだがな。……んで、その若造は誰だ?」
「新しいコックよ。マイケルって言うの」
「よろしくお願いします」
アビゲイルの紹介に慌てて挨拶をする。
すると、その横にライフルを持った目つきの悪い男が寄って来た。私には目もくれず、彼はアビゲイルにそのライフルを押し付けた。
「壊れた」
低くよく響く声だった。その言葉にただ彼女は銃を見下ろした。
銃床が欠けていた。それで全てを悟ってしまったようで、彼女は憤然と彼を見やった。
「壊れたじゃなくて壊したんでしょう」
彼女の怒りを含んだ言葉など何処へやら。
彼は私たちの傍を通り抜けていった。最後に恐ろしく迫力のある一瞥を私にくれて。
世界が切り取られて時間が止まったかように思われた。頭から冷や水をかぶせられたような感覚。
なんという恐ろしい目をした人だろう。息をするのも忘れたほどだ。
「まったく自分のじゃないと扱いが荒いんだから」
収まらないアビゲイルに彼女と同じ赤毛の男が笑いを浮かべる。
「そいつで敵の顎、砕いてたからな」
その言葉に彼女は絶句した。
銃をそんな風に扱うなんて。あの目つきの悪い人ならやりそうだ。できるだけ関わりたくない。
「お前若いな。それに小さいし細い。そんなんでマスティマのコックが務まんのか?」
赤毛の人が私の顔を覗き込みながら、頭をぽんぽんと叩く。上から振り下ろしてくるので、はっきり言って痛いくらいだ。
あの目の怖いボディガードより少し低めだが、私との身長差は二十センチはある。
「ジャズ、最初から脅さないの」
アビゲイルが助け舟を出してくれたお陰で、連打から開放された。
「マイケル、彼はジャザナイア。私の弟で部隊長よ」
「よろしくな、若いの」
今度は腕を叩かれる。そこで彼は一瞬真顔になった。
「おっ、いい筋肉してるじゃねぇか」
「料理のためですから」
私は胸を張る。その言葉に偽りはない。料理人としての意地だった。
にやりと彼は笑った。
その後ろからぼそりと「面白れーの」と言う声と馬鹿にしたような鼻息が同時に聞こえてくる。
ジャザナイア隊長は肩越しに背後の二人を見やった。彼らは黙り込んだ。
「まあ頑張れや」
私へと視線を戻すとにこやかに言う。
そうして、黒いコートの男達と共に歩き去っていった。
ジャザナイア隊長はいまいち距離感が分からないが、悪い人ではなさそうだと思った。
それにボスも親しみの持てる感じのようだ。
歩きながら隊長に「ヘラヘラ笑うな。姉貴に色目使ってるんじゃねぇ」って、突っ込まれていたし。
アビゲイルは彼らを見送りながら、溜め息をついた。欠けたライフルを恨めしそうに見つめている。
私には銃の修理の大変さや費用など分かるはずもなかったが、彼女の憂鬱さだけは感じ取れた。
私の視線に気付いた彼女は気を取り直して言った。
「あとは厨房ね」
耳にして今まで以上に身が引き締まる。向かいながら胸は高鳴る。
私の仕事場。全てを注ぎ込む勝負の場所。妥協は許されない聖域。
マスティマのその場所に立つためにどれほどの積み重ねがあったか。
それが今目の前に、壁一枚を隔てた向こうにあるのだ。扉の前で立ち止まり、興奮は最高潮になる。
アビゲイルが開け、電気を付けてくれた。
……とたん、息が詰まりそうになる。何なの、これは。
次回予告:とうとう足を踏み入れたマスティマの食堂。ミシェルは、そこで宿敵にして最強の脅威と対面する。
第6話「隠れ潜む脅威」