45.シューティング・スター
銃を撃っていた人たちは、そうでない人に声をかけられ、後ろを振り返っている。
音という音が途絶えた射撃場。異様としか言いようがない。
やがて、ざわめきが起こった。
「ラッキー、ボスの射撃を見れるなんて。面白くなるぞ」
グレイが嬉しそうに呟く。
部屋に入ってきたボスは、辺りを見渡した。私はグレイの後ろに隠れた。そうする必要なんてなかったが、反射的に逃げてしまった。
ボスは部下から差し出される道具を無言で受け取ると、一番の奥のブースへと向った。私たちの横を通り抜けて行ったが、こちらをまったく見ようともしなかった。
皆、距離を置きながらも近くまで寄っていく。私もグレイとアビゲイルに押され、野次馬の集団の中に入った。
「プログラムD」
彼は手元のイヤーマフに向って言う。無線機が取り付けているようだ。
マフを装着し、懐から拳銃を取り出した。例の大型の拳銃だ。黒い回転式拳銃。
標的が動き出す。隊員たちが撃っていたのは静止した標的だったのに、ボスが狙っているのは左右に動く的だ。
リボルバーが火を噴く。
次々と真ん中に穴が開いていく。三発撃って今度は左手に持ち変える。また三発。全て真ん中に命中だ。
周りの人たちは息を飲んで見守っている。ボスの弾を装填しなおす音が聞こえるくらいに。
ボスはマフに付けられたゴーグルを下して、装着した。真っ黒な色の付いたゴーグルだ。
的の動きが変わった。前後と上下の動きも加わる。的までの距離がさらに伸びている。
ボスは何事もないように銃を構えると、弾を撃ち始めた。一発、二発、三発。左手に持ち替えてさらに三発。全ての弾丸が的の中央に吸い込まれて行った。
「すげえ」
「見えないのに全て命中だ」
隊員たちはざわめく。
だが、ボスはというと拳銃を下げるなり、片手でマフを取って無線機に向って怒鳴った。
「技術部、改良がなってねえぞ」
苛立った声。
「標的の動きにパターンがある。それに動く際の音も大きすぎだ。これじゃあ遊びにもならねえ」
イヤーマフを床に投げつける。無線の相手は相当な耳のダメージだっただろう。もしかして、アビゲイルの旦那さんだったりして。
「音って聞こえた? それにパターンって……」
アビゲイルが答えを求めてグレイを見やる。
「分かんねー。大体ボスは目でなんかで見てねーからな」
グレイは唸ってからそう言った。
見ずに標的を狙えたりするんだろうか。それもど真ん中を。あっけにとられる私をよそにボスはブースを離れた。
こちらに歩いてくる。賞賛の眼差しが集まる。彼は私たちの傍で足を止めた。
じっとこちらを見つめている。手はいつもの黒い革手袋。そしてリボルバーがあった。
「マスティマとして失格だな。自分の身さえ守れねえ野郎は」
私へのあてつけだ。
彼は銃をこちらへ向けた。弾の入っていない銃で怖がらせようとしている。
なんでも脅せばいいと思っているのだ、この人は。
体が熱くなり、頭がたぎる。上司だとか命の恩人なのだとか、そんなことは一気に吹っ飛んでしまった。
考えるより先に体が動く。私は踏み出し、手刀を振るっていた。
二打とも寸前で避けられた。続いて体をひねって膝を打ち込む。これも後ろに下がって避けられた。その場で回転して勢いをつけた私は、飛び上がって今度は足刀を叩き込んだ。
後ろの皆のどよめき。ボスは腕で私の攻撃を防いでいた。スピードなら自信があったのに。さすがはマスティマのボスというべきか。格闘技にも通じているようだ。私は後ろへ跳んで元の位置に戻った。
防御の腕を下げたボスは、信じられないといった様子で私を見下ろしている。
「守れます。自分の身くらい!」
息巻いた私はそう言い切った。
中国で料理と共に学んだ拳法。銃は使えない私の自衛手段。
マスティマへ入ることを決めたときから、祖母の知り合いから空手や柔道を習った。だけど、どれも芽が出なかった。今思うと覚悟が足りなかったんだと思う。
それが必要に迫られた。師匠が出した、料理の修行をつける条件の一つでもあったから。
拳法道場で、重い中華鍋を自在に扱う体力をつけること。こんな風に役に立つなんて。
ボスは拳銃を私に向けた。そんなの怖くない。空っぽの銃で何が出来るって言うの。
私の背後の人たちが一斉に左右に割れた。どうしたのだろうと振り返ったとき、すぐ傍でつんざく銃声を耳にした。
弾がまだあったことに愕然とする。
「甘ちゃんが」
耳鳴りの中、聞こえてきた、それがボスの捨て台詞だった。
彼は懐に銃をしまうと、その場から去って行った。
姿が見えなくなると皆が私を取り囲んだ。
「すげーじゃん、お前」
グレイは本当に驚いた風だった。両手を広げて、唯一見える青い左目は見開かれている。
「そうよ。不意打ちとはいえ、ボスに防御させるなんて。凄いわ、マイケル」
アビゲイルは私を抱きしめた。苦しい。大きな胸で窒息しそうだ。
周りの人たちも賛同の言葉を口にしている。「ちっこいのにやるなあ」とか「ボスの防御なんて初めて見た」とか。
ちっこいのは余計だが、ボスをあっと思わせられたのなら、嬉しい。それでなくても、こっちは色々と鬱憤が溜まっているのだ。これくらい、あの人には我慢してもらわなきゃ。割が合わない。
だけど、本当にあっと思わせられたのは私の方だった。
隊員の一人が気付いて指を差した。ボスの弾の行方を。弾はブースを貫き、奥の的まで飛んでいた。そして、当たっているだけでも信じられないのに、その場所は真ん中だったのだ。
「神業だな、こりゃ」
グレイは呻くように言った。
周りの皆もボスの技に感嘆していた。
私は少しだけ悔しさを感じた。確かにボスは凄いと思うが、なんだか負けた気分になる。
こんなことで競い合うのは馬鹿らしいとは思うのだけど。相手はプロなんだし、最初から相手になるわけがないことは分かっているのだけど。
素直に「凄いです、ボス」ってならないのは、私の根性が曲がっているのだろうか。
私は考えるのをやめた。後ろ向きになるだけだ。それこそ私に似合わないじゃないか。
ありがたいことにこの事件のお陰で、銃の訓練の話はお流れになった。
身につけた拳法のお陰だ。これはもう粗末になんてできない。カンフー着で本格的には無理だとしても、少しの時間でもやれることはある。鍛錬を始めなくては。間が開いているから基礎からやり直しだ。
翌日、誰も居ない朝の食堂で型を練習する私。廊下を通りかかり、それを目にしたボスは、何も見なかったようにして去って行った。思いっきり目が合ったのに。
脅したって何もならないこともあるんですからね、ボス。
呼吸を整えて、拳を突き出し、型を決める。
窓から入り込んだ凛とした空気が私の気を高めていった。
次回予告:一日おきのボスの寝かしつけ役に疲労蓄積のミシェル。アビゲイルにすがる彼女だったが……。
第46話「F分の一」
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