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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(4) Vigil もう一つの仕事
41/112

41.アクシデント3 ~ 発覚 ~

 私は誤解を解こうとして話しかける。呻き声がもれるだけだ。口に貼られた忌々しいテープのせいで。

 その人はそれに気付いて、テープを一気に引き剥がした。

 第一声は痛みから来る悲鳴。私は涙目になって訴えた。

「酷いです、ボス」

 私の声に彼は酷く顔をしかめた。

「その声、チビコックか」

 初めて「おい」とか「お前」とかでない呼ばれ方だ。しかもチビまで付いている。

 名前を覚えていないか、出てこなかったのか、どちらからだ。そんなに存在感が薄いのだろうか。私はこんな状況なのに落ち込んだ気分になった。

「女装なんかしてどういうつもりだ?」

 頭に押し付けられた銃が痛い。それに女装って、ばれていないという事だろうか。

 なんだか少しショックだが、その線で切り抜けてみよう。そう思った私の目の前で、ボスははっと気づいたように、黒い革に包まれた自分の手のひらを見やった。

「女か!」

 銃口が捻られ、さらに痛みが強くなる。鬘でなければ、悲鳴を上げているところだ。

 それにボスの手の緩い曲げ方。あれって私のバストサイズなんだろうか。痛いのと恥ずかしいのと女であることがばれてしまったショックで、気が遠くなりそうだ。

「勘弁してください。抵抗したりしませんから」

 苦痛を少しでも取り除きたい一心で言う。彼は手を引っ込めると立ち上がった。銃をむき出しのショルダーホルスターに戻している。

「さっさと出て行け」

 鋭い眼光が降り注ぐ。

「無理ですよ」

 私は体を捻って、縛られた手首を見せる。彼は舌打ちをすると、かがみ込んで縄を解いてくれた。

「アビゲイルだな」

 立ち上がりざまに吐き捨てるように言う。型の付いた手首をさする私を睨みつけて。

 部屋を大股で横切ると、隅に置かれた電話の受話器を取った。内線番号を押しているようだ。

 今のうちに逃げ出したほうがいいのだろうか。だが、そんなことをすればボスをさらに怒らせそうだし。それに外には隊員たちがいる。今頃は警備の交替時間だから、いつも以上に人が増えているはずだ。

 私は立ち上がると、部屋を見渡した。目が慣れてきたお陰で、今ははっきりと映る。

 広い部屋だ。付けられているのは奥の明かり。それも壁に取り付けられたものとライトスタンド。間接照明だけだ。

 ソファとテレビが置かれているからリビングに違いない。それにしても大きなテレビだ。脇にはスピーカーまである。

 そして、存在感のある石の暖炉。白っぽく見えるのは大理石だろうか。明かりに惹かれる虫のようにふらふらと近付く。その他の家具の色は黒でいかにも高級そうだ。

 電話にかかりきりのボスは苛立ったようにフックを押している。どうやら、呼び出し音を鳴らしても相手が出なかったらしい。

 私は足を止めた。壁に埋め込まれた大きな本棚を見つけて。

 さまざまなジャンルの本が収まっている。背表紙から見てまだ新しいものが殆どだ。

 ボスが読書なんかするんだろうか。タイトルを見て行く私は、思わず目を疑った。

 最下段の隅に置かれた本。

 これは伝説の本ではないか。『世界の料理とその起源』――初版のみで増刷はされなかった幻の一冊だ。料理人でこの存在を知らないものはいないくらいだ。

 ボスはまだ電話のところにいる。アビゲイルのことを尋ねているから、空振りだったのだろう。姿を見かけたら来るように伝えろと脅している。

 受話器を片手のしかめっ面。普段から十分なのに怖さ倍増だ。

 私はそっと本を取り出した。少しだけ。少しだけ読ませてもらおう。ボスが受話器を置くまでの間。

 床に座り込んで、本を手に取る。ずっしりとした重み。ページを開くと広がるカラー写真。分かりやすく見やすい調理の解説。その一品の由来や歴史。食材のルーツまで書かれている。

 トマトの起源は南米アンデス高原か。ジャガイモと同じだ。

 ふむ、ヨーロッパに伝わった当初は観賞用でしかなかった。それどころか毒草だと思われていたと。確かに知らなければ、あの赤い色は敬遠されるものかもしれない。

「飢饉に見舞われたイタリアで食用となった」

 イタリア人ならトマトに足を向けて寝られないな。トマト様々だ。

「他にアンデスを起源とするものは、ジャガイモ、ピーナッツ、カボチャ、トウモロコシ、トウガラシなどがある」

 色々あるんだな。南米がなかったら、どれだけの料理の発展が望めなかっただろうか。

「ジャガイモの食用は約一万年前から始まっていたといわれており……」

 読みかけ、背後の気配にはっとする。

 ボスだ。いつの間にか電話を終えていたのだ。今、彼は本棚に右肩を預けている。額に手を当てたまま眉を寄せ、目をつぶっていた。

「すみません。私、集中すると声を出して読んでしまう癖があって」

 私は慌てて立ち上がる。頭痛を招く声だったんだろうか。言ってしまってから気付く。それよりもまず、本を勝手に手にしたことを謝るべきだった。

 彼は目を開けると、私の全身を眺め回した。

「来い」

 そう言って、手首を取って引っ張っていく。片手で緩めたネクタイを外し、シャツの襟を寛げる。引き抜いたベルトを床へと放る。

 そして、黒い革のソファに身を投げ出した。私があっけに取られて見下ろしていると、彼は人差し指で招く。これって……。

次回予告:ミシェルはボスの部屋で一晩を明かすことに。明け方を迎え、ようやく抜け出す彼女だったが……。

第42話「アクシデント4 ~ 結末 ~」


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