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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(4) Vigil もう一つの仕事
40/112

40.アクシデント2 ~ 変身 ~

 床に置かれた紙袋を手にし、倒れたついたてを起こす。アビゲイルから鬘を受け取って、その後ろに回りこむ。

 取り出したワンピースを前に、出てくるのは溜め息ばかりだ。

 こういう服は久しく着ていない。よく考えてみるとここに来る前から……。いやもっと前。中国で料理の修行を始める時からだから、一年近く前からだ。

 これって頭からかぶるんだっけ。それとも足から入れるんだっけ。基本的なところから迷ってしまう。

 やっと身に着けたワンピースは、なんだか風通しが良くて心もとない。ストッキングは記憶していた以上の締め付け。ハイヒールにいたっては足元がぐらぐらだ。こんな高くて細いヒール、一年どころか今まで履いたことがない。

 私はほとんどすり足の状態で、アビゲイルの前へと戻った。

 彼女は椅子に腰掛けるように言うと、デスクの引き出しからポーチを取り出した。この状態、遠くから見れば、医者が患者を診察しているように見えなくもないだろう。

 実際は私の顔に粉がはたかれ、睫毛の際には線が引かれ、唇は赤く縁取られている。彼女は手際よく私に化粧を施す。顔に浮かんでいた微笑みがだんだんと広がっていく。

 彼女は数歩後ろに下がって私の顔を見つめる。

「いいわ、素敵。可愛いじゃない」

 アビゲイルはそう言うが、自分ではどんな顔になっているのか分からない。鏡さえ見せてもらっていないから。

「それで、これからどうするんです?」

 私は半ば投げやりな気分でそう尋ねた。彼女は白衣の内側、上着のポケットからなにやら取り出しながら、私の背後へと回った。

「ちょっとじっとしていてね」

 声と共に腕を取られて後ろに回される。手首に目の粗く硬い何かが押し付けられる感触がして、動けなくなった。拘束されたのだ。戻せない腕にようやくそれに気付く。

 唖然として声も出ない。それを幸いとしてか、彼女は私の口にテープを貼り付けた。

 これで声を出そうとしても、くぐもった呻き声しか出ない。ぞっとする間もなく、視界が黒いものに覆われた。黒い布の袋をかぶせられたのだ。

 アビゲイルの足音が遠ざかり、扉を開ける音が聞こえる。

「ジャズ」

 彼女はそう呼んだ。

 ジャザナイア隊長もグルなのか。真っ白になった頭で一生懸命に考えようとする。彼らがどうするつもりなのか。私がどうなるのか。

「もうミリアムの代わりが見つかったのか」

 隊長の声だ。女の人の名を言った。どこかで聞いた名だ。

「ええ。急いでこの子を担いで連れて行って。時間が随分と押しているわ」

 アビゲイルの言葉に、彼は私を見たはずだ。黒い袋をかぶされた人間。誰だって不審に思うこと間違いなし。

 お願いだから隊長気付いて。そう思ってからはっとする。ここで見つかったらまずいことになるのだろうか。私がマイケルであることがばれたなら。

「何だこれ。布なんかかぶせて秘密のプレゼントか」

 隊長の声は訝しげだ。

「そう、歴史にあったわね。解かれた絨毯の中から現れる女性って」

 さすがアビゲイル。昔話なんか引用して、彼の関心を都合のいいようにそらしている。

「ナイチンゲールだっけか」

 それを言うなら、クレオパトラ! こういう状態だというのに、私は思わず心の中で隊長に突っ込んでしまった。

「クレオパトラでしょ」

 アビゲイルの声も少し呆れている。

 ジャズ隊長の肩に担がれたようだ。胃の辺りが圧迫されて苦しい。ここで暴れてもいいが、隊長や集まってきた他の隊員にばれるのは、やはりまずいだろう。

 行く先を考えて、着いたところでどうにかするしかない。

 頭に血が上ってくる。なんだか気分も悪い。人に担がれて、乗り物酔いってあるだろうか。

 そうこう考えてるうちに目的の場所に着いたようだ。隊長の足が止まり、肩から下ろされる。そして、聞こえるノックの音。

 扉を開ける音と共に私は背中を押しやられた。

 よろめきながら数歩前に行って、そのまま倒れる。両手をつけないから肩から床に落ちた。幸いなのは床に厚い絨毯が敷かれていたことだ。

 音がして首をひねると、扉が閉まるところだった。いつの間にか視界を遮っていた布も外されている。

 何処の部屋だろう。薄暗い。体を起こそうともがく。

 絨毯に吸収されてはいるが、近付いてくる足音を聞きつけ、私は顔だけを上げた。シルエットだけが見える。その向こうにぼんやりとした明かりが付いているからだ。

 私は体をねじって、ようやく上半身を起こした。背を壁に預けて何とか姿勢を保つ。

 黒い人影が私の前まで来て、腕の付け根を取ると、立ち上がらせてくれる。

 誰だか分からないけど、ありがとう。口を塞ぐこのテープもとって欲しい。そう訴えようとする私だったが、最初に出たのは押し込められた悲鳴だった。

 テープがなければ、響き渡っていただろう。

 この人が、この暗くて顔もよく見えない人の手がまさぐっているのは私の胸だ。

「奇妙な遊びを考え付くな、ミリアム」

 声を認識する間もなく、私は足を相手の股間目がけて蹴りだしていた。

 その人は後ろに体をずらした。蹴りは空振りに終わる。突き飛ばされて、再び床に倒れこむ。

 硬い音がして、何か金属のようなものが頭に押し当てられるのを感じた。

「何者だ」

 低く鋭い声。

 私は恐る恐る顔を上げた。最初に浮かび上がったのは白い色。目をしばたいてようやく認識する。これはシャツの色だ。やがて闇に慣れてきた目にその人の顔が映りんできた。

次回予告:目隠しされ、体の自由を奪われたミシェル。アビゲイルとジャズ隊長に運ばれ、放り込まれた場所には、あの人が……?

第41話「アクシデント3 ~ 発覚 ~」


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