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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(1) Road to the Mastema マスティマへの道のり
4/112

4.マスティマの城

 乗り物酔いというのはヘリコプターにもあるらしい。

 極度の緊張と恐怖と相まって、私は半分グロッキー状態だった。締め付けるネクタイや胸のサポーターも影響していたに違いない。

 降り立ったのは古めかしい石を敷き詰めた地面。だが、乗り物酔いのせいでその感触はふわふわとしたものだった。

 よろめきながらも足元に注意しつつ、先を歩くアーロンの後に続く。

「ここがマスティマの本拠地。君の勤務場所だ」

 指し示す彼の指先を追って、私の足は止まった。

 ここが勤務場所とは。近代的ビルのディケンズ本社とはまるで違う。目を疑うほどだった。

 周りを高い壁に取り囲まれた、朽ちかけにも見える古城。中庭の外灯がぼんやりとした形を照らし出す。観光目的の旅行者も素通りしそうな代物だった。

 どちらかと言ったらお化け屋敷に近いような。月の光も届かない、雲の多い空だったから余計そう思えたのかもしれない。

 軋んだ音を立てて玄関の扉が開く。

 怪しすぎる。中から出てくるのは、蝋燭を持ったざんばら髪のせむし男とかだったりして。

 私は思わず唾を飲み込んだ。内側の明かりが四角くもれる。

 現れたのは白衣を羽織った女だった。二十代後半くらいで、カールした赤毛をアップにして、藍色のシャツに黒いタイトスカートを身に着けている。

 綺麗な人だった。

 化粧品ブランドのモデルと言っても通りそうだ。それにスタイルも抜群で私よりもずっと背が高い。

 彼女はアーロンの姿を目に止めて、顔を輝かせた。

「早かったのね。お久しぶり、セオ」

「お待ちかねのコックを連れてきたよ」

 アーロンは笑顔で私を彼女の前に押し出した。

「マイケル、彼女はアビゲイル。マスティマの総務を仕切っている。優秀な医者だよ」

「よろしくお願いします」

 乗り物酔いはどこかへ吹っ飛んでいった。

 華やかな彼女の笑顔を受け止めて、女である私も赤面してしまった。

「可愛い子ね。あなたが推すなんて珍しいけど」

「ディヴィッドには内緒だ」

 人差し指を唇につけて、アーロンはいたずらっぽく笑った。アビゲイルは肩をすくめる。

「もちろんだわ。こんなことでボスにへそ曲げられちゃかなわないもの」

「中を見せて、色々説明してやってくれ」

 彼は私たちに背を向ける。ヘリを待たしているからと。

 だが、去りかけた彼は思い出したように、引き帰して来た。

「健康診断は済ませている。再度する必要はないよ」

 怪訝そうに形の良い眉をひそめるアビゲイルの肩を叩く。そして、彼は本当に行ってしまった。

「いらっしゃい、マイケル。案内するわ」

 促され、私は古城に踏み入った。

 外と同じく、中もまたどれだけ痛んでいて、ボロボロになっているだろうかと想像していたが、まるで違っていた。

 ホテルのような内装。大きなロビーを抜けて、天井の高い廊下を歩く。

 画一的な装飾がホテルに近い印象をより深めていた。壁に取り付けられたベルを思わせるウォールライトも。アイボリーの壁紙も。どれだけ歩いても同じだった。扉の形、素材や色さえも。

 差し掛かったのは木の階段。磨きぬかれた踏み板は艶々と輝いている。

「よく覚えていてね。最初は迷うかもしれないけど」

 昇りながら、振り返るアビゲイルの言葉に相槌を打つ。これだけ同じ風景が続くなら本当に迷ってしまいそうだ。侵入者を考えての構造だという説明に納得する。

「天井と壁は対衝撃、ガラスも防弾になっているのよ。まあ、そういった意味では役立ったことは今までないんだけどね」

 彼女は苦笑を浮かべる。

 そういった意味では役立ったことはない……ということは、そういった意味とは別のことでは役立っているということだ。

 とはいえ、その時の私にはまるで分かっていなかった。後に良く分かることになるのだけど。

「ここがあなたの部屋。住み込みだってことは聞いてるわね」

 ポケットから取り出した鍵で扉を開ける。電気が付いて部屋を見渡すとちょうどホテルのシングルルームのような造りになっていた。

「荷物はディケンズ本社宛に送るといいわ。こっちに回してくれるから」

「ここの住所は秘密ってことですね」

「そう。マスティマは公的社会に害あるものを狩る黒い天使なの。保安面に抜かりがあっては駄目ってことよ」

 マスティマ。それが十年前の私たち親子の前に現れた黒いコートの集団。あの地域のマフィアを仕切るブルーノさんが教えてくれた正体。ディケンズ警備会社の陰の組織。

「他にも色々面倒な規則があるんだけど、それは後々ね。次はボスの食堂。奥にあるのよ」

 部屋の鍵を渡してもらい、それをジャケットのポケットにしまう。

 アビゲイルの後に続いて、辺りに目を凝らしながら廊下を進む。私の部屋から幾つ目の角をどちらに曲がり、向かっているのか覚えなければならない。

 息詰まるような緊張は続いていた。

「ここよ。奥がボスの席。あの人はほとんど一人で食事するんだけど」

 扉を開けると、細長いテーブルが見えた。白いテーブルクロスがかけられた様は道のようだ。

 両脇の壁には高級そうな食器棚が並んでいる。中の食器もおそらく最上級の品だろうと想像できる。

「給仕係がいないから、あなたに配膳までしてもらうことになるわ。うちのボスは厳しい人だけど頑張ってね。とにかく時間厳守は基本だから。朝は八時。昼は十二時。夜は二十時ね。慣れるまでは私が様子を見に来るから」

「分かりました」

 ポケットから取り出したメモに書き込む。

 そして、自分の部屋からの地図を描こうとして止められる。文字は良いが図面は駄目だとのこと。始点と終点は明らかにしてはいけないと。やっぱり厳しい。

「あとは厨房ね。続きの食堂は一般の隊員が主に使っているの。ごつくて色気のない連中よ。彼らの食事も用意してもらうわ。遅番、早番もあるし、時間はまちまちになるわね」

 頷きながら、ボスの食堂から厨房までの道順をメモに書き込む。ページを変えて……左、右、真っ直ぐ、左、右、右と。

「言い忘れていたけれど、三ヶ月は仮契約の期間で時給制になるわ。その期間を超えたら自動的に本契約へと移行する。本採用になったら……ま、その話はその時にしましょう。仮契約の開始は明日二十時のボスの夕食からね」

「はい」

 一応そのこともメモしておこう。

 顔を上げると、立ち止まったアビゲイルを追い抜いてしまった事に気付く。慌てて戻ると、彼女は窓を覗きこんでいた。

「ボスたちがお帰りだわ」

 私も並んで目を凝らす。

 止まった車のヘッドライトが見えた。三台の車。黒塗りなのだろう、はっきりとした形は見て取れない。

 ドアの締まる音か聞こえてきた。いくつかの人影が見える。

「ミッションの後はまずいわね」

 アビゲイルは独り言を呟く。

「いらっしゃい」

 彼女は窓に張り付く私の腕を取って歩き出した。

次回予告:ミシェルの前に姿を現したマスティマの幹部の男たち。彼女はその中に幼い自分を救ってくれたであろう人物を見つける。

第5話「ミッション後」

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