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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(4) Vigil もう一つの仕事
39/112

39.アクシデント1 ~ 発端 ~

 マスティマの組織は二重構造になっている。

 ジャザナイア隊長率いる実行部隊。アビゲイルの夫であるオスカーが部長を務める技術情報部。

 本来なら幹部扱いのはずのオスカーだが、実際は実行部の中に組み込まれている。技術情報部は創設から間がなく、部へと拡大されたのもつい最近らしい。

 ディケンズ本社の技術開発と情報管理セクションのいいとこ取り。後付で作られたマスティマの技術情報部は何かと肩身が狭いようだ。

 私は、実行部隊に属するアビゲイルの部下だ。彼女はマスティマの総務を仕切っている。つまり、分かりやすく言えば、実行部総務課長がアビゲイルでその係員が私という形。

 彼女にしても、グレイやレイバンにしても幹部は組織図ではジャザナイア隊長の下になる。だが、実際はジャズ隊長とほぼ同列扱いになっている。この辺りは内部の人間でないと分からないものだろう。

 もちろん、私は料理を作る人間であり、ミッションには関わりを持たない。

 だから、今日、アビゲイルやジャズ隊長が騒いでいるときもあまり気にはしていなかった。

 それはボスの夕食が終わってすぐの後のこと。

「スイスの空港? 飛行機が飛ばないって、それはどういうこと?」

 医務室の開け放しの扉から、動揺するアビゲイルの声が漏れている。受話器を片手にしているから、電話口の相手に言っているようだ。

「おい、どうすんだ。他の二人も駄目なんだろ」

 隊長の声も少し慌てている。

「今考えてるわ。少し待って」

 私はワゴンを押しながら、何の気なしに部屋を覗いた。アビゲイルと目が合ったので、目礼して通り過ぎる。

 今から技術情報部にコーヒーを届けるのだ。

 コーヒーサーバーの保温機は向こうにもあるので、新しくできたコーヒーを持っていくだけだ。今日作ったお菓子を添えて。

 仕事の内容上、閉じこもりがちな技術情報部。

 何日まともに寝てないとか言うのは部隊員たちの挨拶代わりのようだ。彼らが食堂に現れることは滅多にないようなので、このコーヒーの配達が唯一の接点といってもいい。

 部は違えど、あっちもマスティマの隊員なのだから、出来るだけのことはしてあげたい。その思いから始めた一日三度のこの往復は、今や日課になっていた。

 私はサーバーを取り替え、菓子を置くと、もと来た道を戻る。

 再びアビゲイルとジャズ隊長がいた部屋を通りかかったが、扉は閉まっており、何の声ももれ聞こえては来なかった。問題は解決したか、手を打ったのだろう。どちらにしても私が首を突っ込むようなことではないはずだ。

 厨房に戻って、夕食の食器の片付けを始める。

 全てが終わって、ひと一休み。余った料理で自分の夕食にありついた頃だった。ブレスレットが震え、黒い液晶に黄色の文字が浮かび上がる。

 前にグレイからもらった緊急連絡用のものだ。前に反応したのはアビゲイルの娘のプシシラが現れたときだっけ。

 私は表示の説明をしてくれたグレイの言葉を思い返す。黄色は確か召集だったはず。

 文字が流れていく。Dispensary――医務室へ。

 ということはアビゲイルの関係だろう。何かあったんだろうか。

 私は食事を途中にして席を立つ。廊下へ出ると足早に向った。


 医務室の扉をノックしてみる。

 だが、返事はない。迷いながらもそっと開ける。鼻をつくのは病院を思わせる消毒薬の匂い。

 いつものデスクにアビゲイルの姿は見えなかった。部屋の奥半分を隠す白い布のついたて。その向こうには患者用のベッドがある。そこにいるのだろうか。私は近付いていった。

「ミシェル・ロレンツィ」

「あっ、はい」

 突然背後から名前を呼ばれ、思わず返事をしてしまう。私は慌てて口を塞いだ。耳にしたのは私の本当の名前だ。

 恐る恐る振り返ると、入り口の扉の影にいたのは、にっこりと笑うアビゲイルだった。

「やっぱり、あなた女だったのね」

 私は動揺して後退りする。肩をついたてにぶつけ、倒してしまった。その音に再びびくりとする。

「アビゲイル、どうして」

 女であることがばれてしまった。それが意味することを悟り、私のショックは隠せない。

「私の捜査能力を舐めてもらっては困るわ。それに、あなたが女である疑惑は初日からあったのよ。健康診断はいらないと言ったセオの言葉、食堂から聞こえてきた悲鳴、それからプリシラがあなたの名はミシェールだとゆずらなかったこと」

 初日の食堂にアレが出たときの悲鳴、聞こえていたのか。

 それにプリシラに本当の名前を言ったのは私の失敗だった。子供だからと思って油断していた。

「私だって疑ったんだもの。ボスが勘付くのは時間の問題よね。そうなれば、あなたの希望だって通らなくなるわ。マスティマのコックとしていられなくなるでしょうね」

 アビゲイルの言葉は一番危惧していたことだ。掌が汗ばみ、呼吸が速くなる。そんなことは嫌だ。絶対に。せっかく今まで頑張ってきたのに。

「大丈夫よ、マイケル。いえ、ミシェル。私の考えに乗ってくれるのなら力になるわ」

 何でもやります。やらせてください。そう答えた私の前に彼女が差し出したのは、鬘だった。私の髪の色とそっくりだが、まったく違う質感。艶々としたストレートの長い髪の毛だ。

 それから次に差し出されたのは紙袋だった。ワンピースに、ストッキングやハイヒールまで中に入っている。

 訳が分からない。アビゲイルは、混乱して後退りする私に寄って白衣のボタンを外し始めた。

「な……?」

 下の黒いTシャツもめくりあげられて、私は素っ頓狂な悲鳴を上げる。

「ミシェル、あなた……」

 難しい顔をして彼女は私を見上げた。

「こんなことしてたら、バストライン崩れちゃうわよ」

 サポーターでぐるぐる巻きにした胸のことだ。私は彼女から体を遠ざけ、下したTシャツの裾を握り締める。きっと顔が真っ赤になっている。体中の血が脈打っているのが分かる。

「これに着替えて鬘をかぶって。何でもやるって言ったでしょ」

 彼女の言っていることはめちゃくちゃだと思う。女であることがばれないための考えの筈なのに、女らしい格好をするなんて。

 だが、アビゲイルの顔は真面目だ。ふざけている感じなんてみじんもない。彼女は腕を組んで私の出方を待っている。こうなれば、腹をくくるしかない。私は覚悟を決めた。

次回予告:ついに女であることがばれてしまった。秘密を守る交換条件にアビゲイルが提示したのは女らしい格好をすること。そして、ミシェルの災難はそれだけでは終わらず……。

第40話「アクシデント2 ~ 変身 ~」


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