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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(3) Full time 本採用
38/112

38.連名プラン

「ギネス三点。ハーレイ十点。キーツは零点だな」

 ぼそぼそと背後から聞こえてきた声。振り返ると、そこにいたのはグレイだった。

 手にしていたペンとメモ帳のようなものが消える。ポケットに入れた様子もない。異空間に飲み込まれたように一瞬で見えなくなったのだ。

 さっき見たのは幻だったのだろうか。自分を信じらなくなった私の傍に寄ってくる。

「やっぱこうなったか」

 隣に来た彼は、私の肩に肘を置いて空を仰いだ。降下していくヘリコプターの姿が見える。

「ボスの新しいオモチャ、ステルスヘリか。とんでもねー」

 ステルスヘリ。私もテレビとかで見たことがある。たしかレーダーにも引っかからない特殊な装甲で、飛行時の騒音も抑えられているヘリコプターだ。

 それで近くを飛んでいても気付かなかっただろう。隊長たちを奇襲するには一番の乗り物だ。そんな理由でボスはあんなもので帰ってきたのだろうか。

「任務には必要だって、ずっと本社とかけあってたもんな。ボスとしては試し撃ちも出来てご満悦だろー」

 部下を的にしてですか。

 突っ込みたいが、あの人なら十分ありえそうだ。

「面白そー。オレも乗ってみてー」

 グレイはいつもこんな感じだ。

 ボスやジャズ隊長の信じられないような行動に、普通に対応している。もともと肝が据わっているから幹部になれるのか、幹部になる頃には肝が据わってくるのかは謎だ。

 私は塀の向こうに降りていくヘリを見やった。あんなものの的になるのはもちろん、乗るのだって遠慮したい。

 庭を風が吹き抜けていく。たち上った土煙が渦を巻く。

 鉄くずとなってしまったサッカーゴール。それを背景に、隊長がとぼとぼとこちらに歩いてきた。あの肩の落としよう、なんだか可哀想になっていくる。赤い髪はほつれ、握り締めた拳の中のレッドカードにいたっては、しわくちゃだ。

「ジャズ隊長、次は何すんだ?」

 よせばいいのにグレイが声をかける。うなだれていた隊長は顔を上げた。生気を失った表情だ。

「次か……」

 大きな溜め息を吐ききる。幸せがどころか魂が抜けていきそうな感じだ。

 こんな弱りきった彼を見るのは、ボスに髪を切られたとき以来だ。声にも張りがない。

「次はなあ……」

 考え込むように俯く。

「あっ!」

 と、突然何かを思いついたように顔を上げる。両手をぽんと打ち鳴らした。

「背筋強化訓練でもやるかぁ?」

 声が大きくなり、テンションが尻上がりに一気に上がった。追い詰められて、開き直ってしまったのだろうか。

「場所を移してだな。カヌー競争とかいいんじゃねぇか」

 さっきまでの落ち込みようは何処へやら。瞳にきらきらと星が見えるようだ。

「……自分はもう二度とご免だ」

 隊長の後ろを通りかかったレイバンが呟いた。

 彼の体はほこりに塗れ、灰色一色になっている。遺跡とかにある巨大な石像のようだ。咳をすると全身から粉が舞い散っている。

 一番割を食ったのは彼だ。それなのに、ジャズ隊長は、肩に手をやって思いっきり引き止めていた。

「そう言うなって。訓練の意義さえ分かれば、あいつだって納得するさ」

 とても真面目な訓練には思えないけれど。

 隊長はレイバンにカヌー漕ぎの極意を熱心に語り始めた。何処の筋肉を使い、続けていけばどう体が変わっていくかを。

「背筋を鍛えるだけじゃないぞ。全身運動になるからな」

「三角筋や大腿四頭筋もだな」

 筋肉の話になると、レイバンの顔つきが変わった。隊長と二人、筋肉を指し示しながら、カヌーを漕ぐ真似までして。これってエア・カヌーとか言うんだろうか。

 彼らの話は盛り上がりを見せる。カヌーって一隻幾らするんだと費用まで計算中。ついには、川がいい、海がいい、湖がいいなど場所決めの話が始まった。

 ボスに提案書を出して許可を取るんだと、今やすっかり意気投合。互いの背に手を回して作戦を話し込みながら去って行った。

「今度は沈められて、溺死者が出るんじゃねーか」

 グレイの最後の呟きは縁起でもないものだった。

 私はヘリでカヌーを狙い撃ちにするボスの姿を想像した。

 悪魔だ。極悪人だ。ボスは本当はそんな人ではないと信じたい。

 さっきの事を見てなければ冗談で済んでいただろうけど。今となっては笑ってなんかいられない。

 私は訓練が行われないことを願った。だがそうすると、隊長とレイバンがボスの犠牲になることを意味するのに気付く。また隠れてやるなんて気にはならないくらいに、こてんぱんに。

 隊長とレイバンは尊い犠牲だ。だけど、大きな怪我にはなりませんように。

 二つの思いは相反するものだったが、心からの祈りだった。

 私は思わず二人の小さくなっていく背中に向って、手を合わせた。

次回予告:医務室で話すアビゲイルとジャズ隊長。雲行きは怪しそうだけど、コックであるミシェルには関わりないことのはず。だが、彼女の思わぬ形でそれは降りかかって……。

第39話「アクシデント1 ~ 発端 ~」


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