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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(3) Full time 本採用
37/112

37.ダークホースは誰だ

 中庭を目の前にして、ジャズ隊長の声が聞こえてくる。

「今日のテーマは脚力の強化だ。下半身がしっかりしていれば、瞬発力にも繋がるし、蹴りを入れるなど攻撃力アップにもなる。気合入れていけよ」

 城の出入り口から、集まった隊員たちを盾にして様子を覗く。

 歩き回りながら喋り続ける隊長の姿が合間から見える。思わず目が点になる。

 何だろう、あの格好。

 黒い短パンに赤いポロシャツ、ハイソックスにスニーカー。そして手に持っているのはサッカーボールだ。ホイッスルまで首に下げている。

「今日の日のために、おれの給料で買ったサッカーゴールだ。皆にはここでフリーキックをしてもらう。キーパーはこいつだ」

 隊長が指し示したのはぴかぴかのサッカーゴール。そして、その前に立つレイバンだ。

 かなり不満そうな顔つきで、突っ立っている。それでも、キーパーらしい格好はしていた。ちゃんとジャージを着て手袋をつけてるし。

 きっと命令だとか言って、隊長が無理やり引っ張り出して来たに違いない。

「ボール置くから順番に蹴っていけよ」

 早速開始だ。

「この間は先読みの能力を養うとかでパットゴルフだったよな」

「そん前は腕と腰を鍛えるってフリーバッティングだったし」

「俊敏さをアップさせるとかで卓球もあったっけ。よく考えるよな」

 隊員たちは、こそこそ言い合いながらも楽しげだ。ボールの後ろに列が出来、次々に蹴っていく。

 ところが隊長はというと、ホイッスルを他の隊員に渡して、お構いなし。私も顔を知っている三人の男と集まってなにやら喋っている。

「オッズは……」とか「ダークホースは……」とか、フリーキックには関係なさそうなことを言っている。これはもしかして。

 レイバンが横に飛んでボールを防ぐ。四人は見やって、おおっと歓声を上げる。

 この人たちは賭けカード仲間だ。ということはさっき喋っていたのも、きっと賭け事のことだ。

「おい、隅を突いていけ」

 一人がキッカーに叫ぶと、隊長が「余計なこと言うな」と突っ込む。

 まさに駆け引き。賭博だ。

 隊員たちを巻き込んでこんなことをするなんて、間違っていると思う。ボスがいたらどうなることやら。だから、留守のときを狙ってやってるんだろうけど。

 レイバンは好セーブを連発している。大きな体格だが、素早い動き。いまだゴールネットは揺れていない。

「やっぱりあいつは凄いな。選んで正解だ」

 ジャズ隊長は楽しそうに言う。

「でも隊長。隊長が賭けているのは完封じゃなくて一ゴールですよ。このまま行けば僕の勝ちです」

 水を差すのは顔にそばかすの残る一番若い男。

 隊長はにっと笑って、その男の髪を片手でくしゃくしゃにした。

「おれが出るんだよ」

 道理で気合の入った格好だ。

 列の最後尾に並んだ彼は、屈伸や足を伸ばす体操なんかやっていて、意欲満々だ。順番まであと五人。

 レイバンのセーブは続く。パンチングもありだ。

 跳ね返ったボールはキッカーを直撃する。こうなれば、サッカーボールも凶器だ。

 顔面に受けたその人は仲間に抱えられて、退場になった。本当の試合以上に過酷になってきているみたいだ。

 とうとう隊長の順番だ。皆取り巻いて応援している。声を出していないのは、ノーゴールに賭けたらしい若い男だけだ。

 ボールを置きなおし、隊長はレイバンへと目を向ける。

「隊長とはいえ通しませんぞ」

 レイバンは隊長をきっと睨んで言う。最初は嫌そうだったのに、今となってはゴールキーパーの鬼だ。

 隊長は助走に入る。

 そして、一回目はフェイント。ボールには触らず、くるりと回って元の位置に戻る。

 踏み出したレイバンは慌てて足を引っ込めた。

 二回目。今度は間違いなく蹴るはずだ。その場の全員が息を詰めて見守る。

「お前ら何やってんだ」

 と、突然拡声された大声。

 皆ぎこちなくその声が聞こえてきた方向を見やる。高い壁の向こうから真っ黒いヘリが現れた。そのコクピット、操縦士の横にはマイクを持ったボスの姿がある。

 危険を察知したのだろう。隊員たちは散り散りになって逃げ出し始めた。

「ボス、そんなの無茶です」

「いいから貸せ」

 マイク越しに操縦士と言い合っている声が筒抜けに聞こえる。ヘリの機首が下がった。

「嘘だろ、おい」

 ジャズ隊長が唖然としながら言い、城のほうに向って駆け出す。

「ボスがお戻りだ」

「レイバン、お前も逃げろ」

 感慨深げな様子でヘリを見上げるレイバンに、走りながら隊長が叫ぶ。

 ヘリから何かがものすごい勢いで飛び出してきた。一直線にレイバンに向って飛んでいく。おそらくあれは対戦車用のミサイルだ。

 ようやく気付いたレイバンは、大股でゴールから飛び出した。

 ゴールポストの間を通り抜けたミサイルはゴールネットを突っ切り、地面に着弾して爆発した。

 恐怖の一ゴールだ。

 爆煙が上がり、土が飛び散る。伏せるレイバンの体を覆う土埃。

 運良くも彼は無事のようだ。咳をしながらも、立ち上がってサッカーゴールを振り返っている。

 地面には大穴が開き、それは無残にも大破していた。

「ああ、おれの新品のサッカーゴールがぁ!」

 頭を抱えて悲鳴を上げるのはジャズ隊長だ。

 彼は胸のポケットから何やら取り出して空に掲げている。よく見ると、それはレッドカードだった。なんでこの人はこういう小物を持ってくるのだろう。会議のときの飴玉といい……。

「勘弁してくれ。この間もおれのバットを折ったし、おれの卓球台壊したろうが」

 ヘリに向って大声で叫んでいる。

 何度もやられているのに、またサッカーゴールなんか買って来る隊長は懲りない人だ。

「お前らが俺のいない間に遊んでいるからだ」

 マイク越しにボスが返す。

 ヘリコプターは旋回してポートへ戻ろうとしている。おそらく操縦士がこれ以上ここにいては危険だと判断したのだろう。これでひとまずは安心だ。

 がっくりと肩を落とす隊長は別にして。  

次回予告:ボスの介入で体力強化訓練は中止に。肩を落とすジャザナイア隊長。だが、隊長は懲りることなく、最大の被害者さえも巻き込んで……。

第38話「連名プラン」


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