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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(3) Full time 本採用
36/112

36.聖なる日

 マスティマは機密管理に力を入れている。

 例を持ち出すなら、城には住所が存在しない。物品の授受など、全ては表のディケンズ警備会社本社を介してやりとりをしている。

 電話もネットも回線が特別なもの。複数の防御策を講じて、招かれざる外部との接触を遮断しているらしい。

 情報漏れを防ぐことこそ最大の防御。手段は他にも色々とあるようだが、あとは私が気付いていないだけの話。

 主となるのは技術情報部。マスティマのテクニカルチームの能力が発揮されるところだ。その機能はディケンズ本社の同様の部署をしのぐという噂。

 表に出ることはない重要な存在だ。

 「功績を挙げて目立てばいいのは実行部隊。縁の下の力持ちになってこそが仕事だからね」と言い切るのは技術情報部、部長のオスカー。是非、ボスにも聞いてもらいたい言葉だ。

 ボスといえば、彼を始めとして幹部達の移動の情報もまた秘密扱い。

 誰が何処でどんな仕事をしているか、或いは休みを取っているかなどは前もって知らされることはない。

 それでも、いないことが分かりやすいのはジャザナイア隊長だ。

 彼がいないと皆がさらにきびきびと働き出す。廊下を歩く速度から違ってくる。立ち止まって雑談なんてとんでもない。ボスからかばってくれる唯一の存在がいないということが、皆の気を引き締めるらしい。

 当のボスもまた城を空けることはある。もちろん日時の予告なし。食事を用意しなければならないコックである私にさえ。アビゲイルづてで情報をもらえるのは良くて二時間前だ。

 ボスの不在の日を知るのはジャズ隊長よりもっと簡単だ。朝、自分の部屋を出たとたんに分かる。空気が違うのだ。食堂ではそれが顕著だ。

 それはマスティマの食堂が一番賑わうお昼時。

 もっとも隊の全員が集まることはない。

 隊の隠語である“雑用”、これはディケンズ本社からの依頼の仕事のことなのだが、警備の人数補填のために外に出ている者も多い。

 それに城の警備は交代制。昼休みもちょっとずつ時間をずらしてとっているようだ。

 掻きこむように急いで食べて、各自の持ち場に戻っていく。だから、賑やかなのもひと時の間だけだった。今日までは。

「やたら多いな」

 コーヒーを飲みに来たグレイが、げんなりとした表情で食堂を見渡して言う。

 そうなのだ。今日に限って皆寛いでいる。もうすぐ一時を過ぎるというのに。席を立たない隊員が多く、食後のコーヒーまで楽しんでいる。

 お陰でグレイの分のコーヒーは、新たにできるまで待たなければならなかった。

「迷惑だよなー、聖なる日 ( ホーリーデイ)なんか」

 不満げな声だ。だけど、意味が分からない。聖なる日ってクリスマスはまだ先だ。首を傾げる私に、グレイはにやっと笑った。

「任務以外でボスがいない日だよ。皆そう言ってるんだ。そういえばお前、前のときはいなかったな」

 ああ、なるほど。悪魔がいない聖なる日か。それでリラックスモードなんだ。前の時はアビゲイルと一緒に、ボスの嗜好調査に出かけてたから知らなかった。

「今日はなんでも新型のヘリを見に行くって言っていたぜ」

 そうか。任務ではないから隊員たちも城の警備が主な通常勤務。食堂が賑わうわけだ。

 ようやく新しいコーヒーが出来上がった。

 グレイはカップに注いで早速飲み始める。立ったままの姿に部下の人たちが席を勧めたが、彼は断った。

「グレイはボスがいた方がいいってわけですか?」

 最初にひどく不服そうだったのを思い出して尋ねる。

「オレはどっちでもいーんだ。ボスに怒られるなんてヘマしねーし」

 そんな答えが出来るのはきっと彼だけだ。

 私たちのやりとりを耳にしていたのだろう。隊員たちが信じられないという顔でこちらを見ている。壁に背を付けて、グレイはコーヒーを飲み続けるだけだ。

「それに、こういう時はだいたい……」

 声を遮る物音。天井の方から甲高いキーンという音が聞こえてきた。それが消えたかと思うと、流れてきたのはちょっとエコーのかかった覚えのある声。

「テス、テス、テス。これ聞こえてんのかぁ?」

 この声はジャナナイア隊長だ。

 後ろで「隊長、聞こえてます」と言う声がしている。食堂の隊員たちは笑いをもらした。

 ジャズ隊長は咳払いをして声を整える。

「今から臨時の体力強化訓練を始める。手が空く者は中庭に集合のこと」

 続いての言葉に、グレイは顔をしかめて天井を仰いだ。

 私もつられて見上げる。城内放送の装置があるなんて知らなかった。天井には、灰色で穴のいっぱい開いた円形のものが埋め込まれていた。あれがスピーカーなのだろう。今まで気にしたこともなかった。

 それまで和んでいた隊員たちが、席を立ち始める。

 せっかくボスがいなくて羽を伸ばしているところだ。こんなときに訓練だなんて、きっと嫌だろうなと思いつつ、彼らの表情を見てみると大外れ。皆にこにこしている。

 体を伸ばしてストレッチをする人もいて、やる気だ。

 次々と食堂を後にする隊員たちとは反対の人物が約一名。二杯目のコーヒーを片手に食堂の奥へと下がっている。

「オレは行かねーから。オレのことは見なかったことにしてくれ」

 腰がひけているのはグレイだけだ。

 私は廊下へ出て、窓から中庭を覗いた。ぞろぞろ人が集まってきている。何処からか姿は見えないが、指示を与えているのはジャザナイア隊長の大きな声だ。

「僕、ちょっと様子を見てきます」

 グレイにそう言うと、返ってきた言葉は「気をつけろよ」だった。

 体力強化訓練だから、きっと参加するなら怪我をしないようにということだろう。

 私は中庭へと向った。

次回予告:ジャズ隊長が始めた訓練。隊員たちは楽しそうだけど、目的は本当に体力強化なのだろうか。ミシェルの目の前で起こった衝撃の結末は……。

第37話「ダークホースは誰だ」


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