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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(3) Full time 本採用
33/112

33.アンチマスティマ

「隊則第ニ章第一項?」

 ジャザナイア隊長の残していった言葉を反芻し、私は首をかしげる。記憶の欠片が掠めるが思い出せない。するとアビゲイルが暗唱した。

「髪型は問わないが、長いものは結ぶ、とめるなどして勤務に差し支えないようにすること……よね」

 確かにそんなのがあったような。短く髪を切った時点で、私には関係ないと思って気にもとめていなかった。

「それってボスの犠牲者を減らすために、昔、隊長が作ったんだよな。それが自分でハマるなんてなー」

 グレイは腰を落としたままで、床に散らばった赤い髪を一房手に取った。

「これ、エクステに使えねーかな」

 冗談かと思ったが、髪をかき集めている。本気のようだ。

「ぬおお!」

 突然、レイバンが右拳を握り締め、雄たけびを上げた。

「隊長はマスティマとしての規範を身をもって示されたということか!」

「反面教師ってやつか。違うんじゃねーか?」

 グレイは呆れたように、見上げて言う。

 床に目を落としたアビゲイルは深い溜め息をついた。

「だいたい本社の連中が悪いのよ。嫌がらせにも程があるわ」

「八つ当たりで、ボスが隊長の髪を切ったってことですか?」

 本社の人と今回の件とどう関係があるのだろう。疑問に思った私は尋ねた。

「イエスでもあり、ノーでもあるわね」

 肩をすくめたアビゲイルは、事の次第を話してくれた。

 ディケンズ警備会社の人間の中にはマスティマを毛嫌いしている者がいるのだそうだ。

 上層部にも何人かいて、時々ちょっかいを出してくるらしい。もっとも本社のトップが容認派なので、表立っての動きはないのだが。

 今回の会議もそうだという。

 システム関係の会議と銘打っておきながら、技術情報部長のオスカーがディケンズ支社へ出張中に開催を決める。統括長を担ぎ出してボスの出席を求める。これだけでも火種は十分だ。

 その上、持ってきたのは膨大な紙の資料。プロジェクターやディスプレーなんて使わない。情報管理の名前が泣きそうだ。

 これだけでは終わらない。

 流行りのエコだとかで、枚数を減らしたという資料の文字は豆粒のよう。皆資料に顔を突っ込んで、何ページの何項を参照とかで会議は進められたらしい。

 なんという陰湿でセコイやり方だろう。大の大人が仕事でやるようなことだろうか。

 ボスがあんな風だから、マスティマがディケンズ本社の人たちから良く思われていないのは、想像に難くないけれど。

 アビゲイルによると、昔のボスなら会議が始まる前にテーブルでもひっくり返して、おじゃんにしていただろうとのこと。年月は偉大ねと感じ入っていた。

 だけど、結局本社の人たちは途中で帰ってしまったのだ。結果は同じだと思う。

 それに、まだ何故隊長が髪を切られたのか、教えてもらっていない。

 会議室に場所を移して話は続いた。

 アビゲイルは、コーヒーを傍に置いて椅子に腰掛けている。ちぎったマドレーヌを口に入れ、一息ついた。

「ジャズも運がなかったのよ。髪を縛っていた紐が切れちゃって。すぐに替えを用意すればよかったんだけど、会議が始まる直前だったから、それもできなくて」

「ボス、すっげー嫌な顔で見てたもんなー」

 ワゴンの横に椅子を引っ張ってきたグレイは、コーヒーを啜りながら口をはさむ。

 アビゲイルの隣の席でレイバンが頷いた。

「髪をかき上げ、かき上げ、資料を覗き込んで。それは鬱陶しかった」

「連中が新しい情報管理システムの説明に入った頃ね。図解なんだけど、印字が潰れて文字が読み取れないのよ。皆さらに資料に目を近づけて。ジャズは髪をまたかき上げてた。その時だったわ、ボスの堪忍袋の緒が切れたのは。隣の部屋に引きずって、いきなり鋏でチョキンよ」

 指で鋏を形作りながら、アビゲイルは呆れたような笑いを浮かべた。

「不運だ」

 マドレーヌを丸ごと一個頬張ったレイバンが、口をもごもごさせながら呟く。

 彼の気持ちは隊長よりマドレーヌに向いているようだ。アビゲイルとの間に皿を置いてあるのにまるで遠慮がない。

 ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーで流し込み、さらに両手に取る。一人で全部食べてしまいそうな勢いだ。まあ、お客様の分が必要なくなったから、それでもいいか。

「立ち直れるかしら。あんなに気を落として」

 姉らしい気遣いに満ちた言葉。

 確かに落ち込んだジャズ隊長なんて今まで見たことがない。いつも元気で笑顔いっぱいのイメージだ。

 それに部下たちから好かれていて。私にも気軽に声をかけてくれる。「元気か」とか「あんまり頑張りすぎるなよ」とか。上に立つ者の鑑のような人だ。

 なのに、あんな仕打ち。いくらなんでも酷すぎると思う。

「オレ、覗いて来っから。なんか面白そーだし」

 カップを空にしたグレイが椅子から立ち上がった。

 アビゲイルが礼を言うと、彼は背中を向けたまま片手を上げて応えた。

 どうやらグレイなりに気遣った言葉だったらしい。いつものようには、ちっとも笑っていなかったし。面白いことをずっと捜している彼だからこそ、洒落になる所とそうでない所の線引きははっきりしているようだ。

 実際のところ、隊長の髪をきちんと整えることができるのは彼だけなのだ。

 今日のところは任せて、今度会ったときに隊長に声をかけよう。ボスに沈められた気持ちを何とかしてあげたい。

 だって、ジャズ隊長は落ち込んだ気持ちを前向きにさせてくれる人なのだ。あの明るさで暗い雰囲気を吹き飛ばして、希望を見せてくれる。

 今度は私が隊長を慰めてあげなければ。あの人が再び笑顔を取り戻せるように。

 私はそう心に決めた。

次回予告:ひどい落ち込みだったジャザナイア隊長にどう声をかけるべきか迷うミシェル。ところが、彼の様子はいつもと同じ。その心を救った存在とは……。

第34話:「表裏一体」


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