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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(3) Full time 本採用
29/112

29.コックの心意気

 ボスが出て行くことで、会議室の緊迫した空気は一気に和らいだ。

「お前、本当にこれで良かったのか」

 ジャザナイア隊長は、私の頭に手を乗せながら尋ねる。

「はい。僕は幹部を望んでいるわけでも昇進を望んでいるわけでもないんです。マスティマの人たち皆に料理を作りたいんですよ」

 私の代わりに溜め息をついたのは、アビゲイルだ。

「でも、惜しいことをしたんじゃない? あれだけボスの満足のいく料理を作ろうと頑張っていたのに。だいたいボスがこんな申し出をするなんて、ありえないことよ。たとえ気まぐれだってね」

「僕は、皆さんに満足のいく食事をしてもらいたいだけです」

 私は胸を張る。そう、それこそが私が目指すところだ。

「お前らしーな。オレは読めてたぜ。ボスの機嫌を伺って昇進を狙っていく奴なんかじゃねーってな」

 グレイが席を立ち、私の傍までやってくる。

「やっぱりお前は面白れーな、ミック」

 彼は、銀髪から覗いた左目を細めて、楽しそうに笑った。

「自分は認めんぞ」

 レイバンの怒りは収まっていない。脇に下した両拳を握り締めている。憮然とした表情のまま、会議室を後にしようとしていた。

「お前はボスの期待を裏切った。ボスが許しても自分が許さん」

 最後に言葉を残して去っていく。

 彼の気持ちはなんとなく分かったし、私に対する怒りも理解できた。だが、もちろん、それで自らの考えを変えようとは思わない。

「気にしなくていーからな。あいつはボスが全てなんだから」

 グレイの気遣いには感謝だ。気持ちが少しだけ楽になる。

 私は三人に改めて挨拶をする。

「これからもよろしくお願いします」

「ああ」と隊長。「こちらこそ」とアビゲイル。「またコーヒー頼むな」とグレイ。

 今日からまた、本当のマスティマのコックとして頑張って働かなければ。

「そうそう、マイケル」

 決意を新たにしているところへアビゲイルが声をかける。

「あの制服の件だけど白紙に戻るから。他の隊員たちと同じになっちゃうけどいい?」

 他の隊員たちといえば、幹部のコートとは違う一様に揃いの黒いジャケットだ。

 あれだけ迷ってカタログから選んだのに。私は肩を落としたが、決意には変えられない。

「そんなに着たけりゃ、おれのお古やろうか?」

 ジャザナイア隊長が見かねたのか、そんなことを言い出す。隊長としての慈悲って奴だろうか。いや、違う気がする。

「そんなの貰ったって嬉しくねーよな。サイズだって合わねーだろーし」

 グレイが突っ込む。

「だったらお前がやれ」

「オレの上着には色々仕掛けがあんの。タネバレ嫌だもん」

 グレイがポケットに突っ込んだ手を出すと、そこには逆さ吊るしのトカゲが握られていた。ジャズ隊長は息を飲み、アビゲイルが声もなく隊長の陰に隠れる。

「オモチャだよん」

 グレイはトカゲを揺らして笑った。

「制服にそんなもん入れるな。大事な物出すとき一緒に出てくるぞ」

 また少し的が外れたことを隊長が言っている。

 アビゲイルは気持ち悪そうに腕を擦っている。苦手のようだ。私は爬虫類でも手足四本なら平気だ。

「マイケル、あなた大丈夫? これからお昼だし、すぐにボスと会わなきゃいけないけど」

 アビゲイルが気を取り直して言った。私のことを心配してくれるなんて優しい人だ。

「大丈夫です。ボスと戦うことに関してももう三ヶ月目ですよ」

 怖いのも痛いのも変わらない。苦しいのも辛いのも変わらない。だけど、今でこそ分かってきたこともある。ボスが何に怒ってどう反応してくるか、ある程度考えることができる。対処だって大分できるようになってきた。

 三ヶ月前の私とは違うのだ。私の浮かべた笑顔に彼女はほっとしたようだった。


 そして、ボスの食堂で。

 今日の昼食である、チーズ入り冷製パスタは私の頭の上に乗っている。

 “天使の髪の毛カペッリーニ”が垂れ下がってくる。そして、帽子のように引っかかっているのは皿だ。

「俺を窒息させる気か」

 チーズの匂いのことを言っているのか、あるいは形状なのか。どちらか或いは両方でボスはお冠だ。そういえば、一回むせていた。大丈夫ですかと近寄ったらこの様だ。

 でも、なんだかほっとした。ボスは変わらない。専属コックを断ったことを根に持って、難癖つけて暴力を振るう人ではないことは分かった。

 いや、変わらないと感じるのは、最初からそういうことをやっていたからだけなのか。

 私は手早く頭のパスタを用意してきた袋の中に落とした。床にこぼれた分も拾って入れる。

 雑巾と絨毯の染み抜き剤、大活躍が決定だ。すぐに拭えば、ほぼ百パーセント汚れは落ちる。

 ボスが壊しと汚しの専門なら、こっちは今や掃除と片付けのエキスパートだ。三ヶ月間で技術もかなり身についた。この汚れにはこれが最適だと人にアドバイスできるほどだ。

 今日は、運が良いことに皿は無事で済んだ。洗うだけでいい。

 厨房に帰ればタオルと替えの白衣も準備している。洗面所で頭まで洗えば問題ない。短い髪のおかげでドライヤー要らずだ。

 ボスが去っていく。床で四つん這いになり、雑巾を片手に、私は密かに拳を握り締める。

 あなたには負けません。これからどんな無理難題を突きつけられようとも。

 正式なマスティマ隊員となったその日、私はそのことを改めて心に刻んだ。

次回予告:突然起こった停電。聞こえてくる、いくつもの銃声。何が起こったのかと混乱するミシェルの前に現れたグレイ。彼は肩に傷を負っていて……。

第30話「迫り来る敵(前編)」


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