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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(2) Probation 仮契約
26/112

26.怒りのボス(前編)

 店の常連さんたちと打ち解けての夕食。

 店主に学んでか気のいい人たちだった。話は途切れることなく、笑いも絶えることがない。

 ついにはアンナさんまでテーブルに呼んで、皆でワインの瓶を開けた。

 古くからの知り合いのような気分になる。店を出る頃には一抹の寂しささえおぼえた。

 最後にアンナさんは私を抱きしめると頑張れとエールを送ってくれた。また来ることを約束して扉を閉じる。

 あの人はまさに伝説のマンマだ。故郷のイタリアを思い出させてくれる。

 とても寛げて、リフレッシュできた。気力も満ち足りている。

 今からすぐにでも、貰った素材で料理を作りたいとさえ思えていた。

 

 そして、帰り道は二人ともほろ酔い気分。

 アビゲイルはお酒に強いらしく、ほとんど顔色も変わっていないが、私の顔は真っ赤だ。鏡で確認するまでもない。顔が火照るんだもの。

 オープンカーの中で、荒々しく渦を巻く風が心地よく感じられる。

 城に着く頃には少しはましになっているだろう。

 危ないからとの忠告も上の空。私は席から立ち上がり、風に髪を梳かせるままでいた。頭上に広がる満天の星空を眺める。

 一時間ほどかかり、見え始めた城からは光が漏れている。月の光に照らされて、お化け屋敷のような趣きは初めて見たときと変わらない。

 城に戻った私たちに気づき、早々と駆けつけたのはマスティマの隊員の一人だった。

ねえさん。マイケルも。早く来てください」

 息を弾ませている。ただ事ではない様子に私の酔いも一気に醒めた。とりあえず、傍の椅子にアンナさんからもらった食材の袋を置く。

 彼の案内で走って向かった先は……。まさか、そんな。

 ボスの食堂だった。


「申し訳ありません、ボス」

 悲鳴のような声が廊下にまで聞こえてくる。

「許してやれって言ってんだろうが。おれの部下に何てことさせてんだ」

 続いての声はジャザナイア隊長だ。

「こいつは俺を騙した」

 聞き違えるはずもない。これはボスの声だ。なんで食堂なんかにいるんだろう。今日は夕食を済ませてから戻ってくるはずなのに。

 こっそりとドアの隙間から中を覗くと、若い隊員が土下座させられていた。その背中を踏みつけているのはボスその人だ。

「それは、おれにも責任があるって言ってるだろうが」

 隊長はなんとかなだめようと必死だ。ボスは彼へと振り向く。

「その責任はどう取るつもりだ、部隊長」

「だから、部下の失敗は上の責任だろ」

 二人の間のしばしの沈黙。聞こえるのは床ですすり泣く声だけ。

「てめえ、俺にも責任があるって言いてえのか」

 明らかに火に油を注いだ。

 ボスは脇に置かれていたワゴンを蹴りとばした。鈍い音を立てて、ワゴンは五十センチと離れていないテーブルに激突した。

「夜中に大声出すなって。近所迷惑だろうが」

「そんなもんあるか。お前の笑い声のほうがよほど迷惑だ」

 ボスは怒り心頭だ。いつもより口数も増えている気がする。

 だが、ジャズ隊長は事態を収拾するどころか広げているようだ。こんな酷い状態なのに、飄々(ひょうひょう)としていて、まるで動じていないように見える。

 こんなのを聞いているのは心臓に悪い。私たちを連れてきた隊員は後ろでがたがた震えているし。

「まあまあ。落ち着いて、ボス」

 アビゲイルが扉を開けて入って行った。この修羅場に入っていけるなんて、さすがだ。

 ボスは彼女を一度見ると、悪態をついてそっぽを向いた。

「一体何があったのよ」

 彼女がそう言うが早いか、ボスはひれ伏す男に向かってワゴンを蹴り出した。衝突したワゴンは倒れ、横滑りした。男は呻いて身を丸めている。酷い。

「おい、ボス」

 ジャザナイア隊長の呼びかけにも答えない。憤然とにこちらに向かってやってくる。

 私より後ろの隊員のほうが慌てていた。私の上着を引っ張って隣の部屋に押し込み、隠れる。

 大きな音が立って扉が開き、ボスの足音が遠ざかっていった。足音にまで怒りが含まれている。

 安堵に力が抜けたように座り込む隊員をそこに残して、私はボスの食堂に入って行った。

「大丈夫?」

 アビゲイルが床にうずくまる隊員を気遣っている。幸い大きな怪我にはなっていないようだ。

 ショックで声は出ていないが、手を上げて問題ないと示している。

「何があったんですか」

 私は隊長に尋ねた。

「ああ、マイケルか。実は連絡に手違いがあってな。晩飯を食わずにあいつが戻ってきたんだ」

 彼は参ったというように両手を上げる。

「んで、帰ってくるなり、腹が減った、飯を用意しろって。おれたち慌てたぜ。何しろ、部下の一人が先に分かりましたなんて答えちまったもんだからな。それで思いついたんだ。冷蔵庫に何かあるかもしれないって」

 話が見えてきた。思わずぞっとする。

「まさか、それをボスに出したんですか?」

「それしかねぇだろ。美味そうなものが色々あって困ったくらいだぜ」

 それはボスへ出す料理の試作品だ。昨日作ったもので賞味期限はまだ先だが。いや、そもそもそんなことが問題ではない。

 ジャズ隊長は頭を掻いた。

「それで温めて用意したんだ。そこまでは良かったんだがな。お前の代わりに給仕をしたこいつが経験不足でな。問いに正直に答えちまったんだ」

「と言うと?」

「コックはまだ帰っていない。じゃ飯はどうやって用意したかというと、冷蔵庫の中の物を温めたってな」

 最悪だ。そんなことをボスが許すわけがない。

「それで、あいつは「温めなおしを食わすのか。騙しやがったな」って怒り出してな。参ったぜ」

 案の定だ。それでさっきの騒動になるのか。

「でもまあ過ぎたことだし。仕方ないよな」

 両手を広げてあっけらかんと言う。ぜんぜん参ってなんかいない。数分前のやりとりを覚えていないかのようだ。だけど、きっとこういう隊長だからこそボスの下で働けるんだろう。

「なぜボスは急に戻ってきた訳?」

 今度はアビゲイルが尋ねる。ジャズ隊長は笑った。

「おれも聞いたんだが、本社の上役なんかと三食食えるかってイラっとしてたぜ」

 ああその様子が目に浮かぶようだ。

 本社の人たちに囲まれて、にこやかに会食なんてボスには似合わない。

 同席した見ず知らずの人に思いを馳せる。

 あの人と食事なんて、仕事のうちとは言え、気の毒だ。いかにも消化に悪そうだし。考えただけでお腹が痛くなってくる。

次回予告:ボスに壊されたワゴン。直してもらおうと技術情報部へ。現れたのは疲れ切った風体の男。いきなり切り出されたプリシラの話にミシェルは驚くのだが……。

第27話「怒りのボス(後編)」


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