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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(2) Probation 仮契約
22/112

22.ミシェルの休暇

 城住まいも月日が経ってくるといろいろなことが分かってくる。

 ここに住んでいるのはボスだけではない。他の人たちもいる。

 私の部屋のある区画は、一般の隊員たちの住居スペースだ。彼らは任務につくのはもちろん、交替で城の警備にあたっている。そして、ディケンズ本社の要請で他の場所や人の警備に出向くこともある。

 ジャザナイア隊長を始めとする幹部はというと、私たちとは別の場所に自分のスペースを持っているらしい。こう仮定形なのは覗いたことはないからだ。噂で聞いただけのこと。

 プライベートについては、自分からは踏み込まないことを心がけていた。相手の領域に関わることは、自分自身もさらけ出さなければならない危険性を含んでいる。

 家族や出身地、個人を特定できることはベールに包んでいなければならない。私が女であること。知られてはならない事実に繋がりえる全てを。

 だから、隊員から伝え聞く話は貴重なものだった。彼らは様々な情報をもたらしてくれる。

 例えば、幹部達の部屋は私たちの部屋とは比べ物にならない広さだということ。ホテルのシングルルームに対し、スィート並らしい。

 報酬の桁は違うし、城にいれば使うこともないから貯まる一方。そうとうな財産持ち、豪邸だって買えるはずとは食事に来ていた隊員からの情報。

 幹部特権の一つが住居を城に縛られないことだというのだが。現実には皆城で暮らしている。

 そういえば、アビゲイルはプリシラが大きくなったら、新たに家を持つのが夢だと話していた。子供が小さいから、現在は保安面を考えて城住まいをしているらしい。

 グレイはわざわざ遠くから出てくるのは面倒だと言っていたし、ジャザナイア隊長は皆でわいわいやっているのが好きだからという理由だった。レイバンがいるのはもちろん、ボスと同じ屋根の下で生活したいからということだ。

 結局、城は大所帯。皆家族みたいなものだ。

 そう思うと、不思議と普段は遠いあの人にも親近感が沸いてくる。これだけ人が多ければ、一人くらいちょっとひねくれた人もいて当然。

 皆の顔を覚えつつあった私は、ますます楽しく仕事をこなす。

 あの人こと、ボスとのやりとりに恐々としながらも充実した日々を送っていた。

 そんなある時、厨房を訪れたのがアビゲイルだった。

 昼食と夕食の合間の時間。静かな食堂に差し込む柔らかい午後の光。テーブルで背中にその温もりを感じながら、私はジャガイモの皮むきをしていた。

「晩御飯の準備ね」

 彼女は、私の前の丸椅子に座りながら言った。

「いい天気ね。部屋の中にいるのがもったいないくらいだわ」

 視線が窓へと向く。私も振り返ると、ちょうど窓の外をヒバリが飛んでいくのが見えた。

 白い雲の浮かぶ空。イギリスの地では珍しいほどのめったにない快晴だ。

 そういえば最近外には出ていない。最後に出たのはいつだっただろう。

 意に沿わず、グレイのヘアカットショーに参加したときだっただろうか。あれを外出に含めるなら。

「マイケル、あなた明日休暇を取る気はない?」

 アビゲイルの申し出は急で、驚いた私はナイフの手を止めた。

「ここへ来てからずっと休んでいないでしょう?」

 思い返してみれば確かにそうだ。

 本社から面接官のアーロンに連れてこられて以来、一日も休暇はもらっていない。あまりにも毎日が早く過ぎ去っていき、今まで気にするどころじゃなかった。

 休みか。とても魅力的な申し出だ。だけど……。

「でも、皆さんの食事の用意もありますし」

「そんなこと言ってたら、いつまでも休みなんて取れないわよ」

 くすりと笑って彼女は言う。もっともだ。

「それに明日ならボスが一日出かけるし。ディケンズ本社に出向く予定だから。朝食をとりながらの会議で、夜もご飯食べてから帰ってくるはずよ」

 ボスのことももちろんそうだけれど、私の後ろ髪を引っ張るのは隊の皆で。

 ここに来た初日に目にした光景。ゴミ箱から溢れていたインスタント食品の容器。あんな食事を二度と繰り返してもらいたくはない。

「部下の食事は作りおきして、温めて食べてもらえばいいじゃない。ねえマイケル、気にはならない? ボスがよく行くお店。一緒に食べに行ってみない?」

 アビゲイルの強烈な一押し。

「行きます」と即答してしまった。

 ボスが通う店。それを聞いただけで私の迷いはすっかり消えた。皆には悪いけれど、一日くらい我慢してもらおう。

 ボスの馴染みの料理店がどんなところか、正直ずっと気になっていた。行ってみれば勉強になるはずだ。うまくすれば、コックと話したり、厨房だって覗かせてもらえるかもしれない。

 わくわくしてきた。料理人としての血が騒ぐ。

「じゃあ決まりね。休暇のこと、ボスには私から話しておくわ」

 私は喜んでその言葉に乗った。

 明日の朝九時に玄関に集合を約束して、彼女は出て行った。

 ありがたい。その時間なら朝食の準備までは完璧だ。

 明日の朝と昼はサンドイッチとスープ、夜はカレーライスとサラダの予定。朝と昼では挟む具材を変えて、パンも違うものを用意する。スープも朝はポタージュで、昼はトマトベース。

 朝食を食べるのは夜勤明けの人たちだけだし、彼らは昼間は休んでいる。だから、朝と昼を同じメニューにしたとしても、誰も同じものを食べることにはならないのだが。いくら休暇を取っていようと、コックとしてできることはしておきたい。

 私はジャガイモの皮むきを再開した。明日の分までむいて備えよう。カレーは今晩の料理と合わせてせて作り置きすればいい。

 ナイフを滑らせながらも、私の心はすでに明日へ。ボスの心を掴んで離さないという伝説の店へと向いていた。

次回予告:ボスの行きつけへと向うミシェルとアビゲイル。店に着くまでの彼女達の珍道中。

第23話「跳ね馬のひと


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