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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(2) Probation 仮契約
21/112

21.ジャズ隊長のお楽しみ

 コックの仕事は三食を作るだけではない。他にも沢山あるということを知った。

 お菓子作りは今や毎日のことだったし、会議があれば休憩時間にコーヒーの差し入れもした。あとはお酒の用意、つまみなんかも準備することもあった。

 要するに食に関するものなら何でもありだ。

 お酒に関してだけ言うなら、ボスは手がかからない。

 毎晩、トレーにワインを一本用意して執務室に置いておく。つまみも適当でいい。ナッツだろうがチーズだろうが文句を言われることはない。翌朝空になった瓶と皿をトレーごと回収するだけだ。

 ちなみに執務室とはボスの私室と続きになっている、例の目覚まし係の恐ろしい結末を目にしたあの場所のこと。

 ボスより手がかかるのはジャザナイア隊長だ。

 彼は賭けカードが趣味らしい。会議室の横の小部屋を貸し切り状態。勤務を終えた隊員とお酒を飲みながら、よく朝まで騒いでいる。

 お酒の種類によってつまみの内容も毎回変えてほしいなどと言うから、困ったものだ。

 一晩に何種類も手を付けるものだから、予測がまったく不能なのだ。催促されたときに作るしかない。

 今晩は、ビールに合うものをと要望されたので、チーズ乗せクラッカーにフライドポテト、生ハムの野菜サンドを用意してみた。

 丁度二皿なので、ワゴンを使うこともないと思い、両手に持って運ぶ。

 相当盛り上がっているようだ。廊下の随分手前から騒いでいる声が聞こえる。

 この大きな笑い声は隊長だ。話し声は普通なのに、この人の笑い声ときたら通りが良く、三軒先の家にでも届くくらいだ。特に酔っているときはさらに大きくなる。

 両手が塞がっているとノックがし辛い。ワゴンを使うべきだったと思うも、後の祭りだ。

 仕方なく、片手に二皿載せて、胸との間に落ちないように挟んでノックをした。

 騒々しさに消され、返事があったのかさえ分からない。少し待って、ドアノブを回して扉を開けた。

 丁度カードの決着が着いたらしく、隊長がガッツポーズをしていた。

 歓喜の叫びを上げている。ドアの間から見えるのは彼の背中だけだったけども。

「やったぜ、今夜はおれが三連勝だぁ!」

 続くのは恐ろしいほど鼓膜を刺激する笑い声だ。お酒も相当に入っているのだろう。両手が自由なら耳を塞ぎたくなるほどだ。

 いつものごとく散らかった部屋。床にはビールの空き缶に混じってワインの瓶が転がっている。ゴミ箱が役目を果たしていない。

 中央には、テーブル四方を取り囲んでいつものメンバーがそろっている。いや、一人は席にいない。トイレにでも行っているのだろうか。

 肩で押しやっていた扉の重さがふっと軽くなった。誰かが持ってくれた。もう一人が戻ってきたのだろう。

「あ、ありがとうござ……」

 お礼を言いながら振り返り、その誰かを見て言葉を失う。

 それは賭けカードのメンバーなどではなかった。よりにもよってあの人だった。

 濃いグレーの寝巻きの上にマスティマのコートを羽織っている。足元は素足にスリッパだ。明らかに場違いだが、みなぎる迫力が全てを圧倒していた。

 目つきの悪さが半端ではない。いつもにも増している。不愉快そうな唸り声を上げて、彼は部屋の中に入っていった。

「次もいくからな。カードよこせ」

 背を向けているジャズ隊長はまだ気付いていない。両側の二人は気付いた。彼らはあまりの恐怖に凍り付いている。

「なんだ、ノリが悪りぃぞ」

 持っていたビール缶を空けた隊長は、肩越しに後ろに放り投げる。床に落ちるはずの缶は壁に当たって高い音を立てた。彼の背後にいる人物に手で弾き飛ばされたからだ。

 振り向いた隊長は、ようやくボスの存在に気付いた。

「おうボス、なにしてんだぁ!」

 テンションがマックスだ。片手を振りかざして挨拶しているこの人は、状況が分かっているのだろうか。周りの部下の人はドン引きしているのに。

 誰も何も話さない時間が数秒続く。

「うるさくて眠れねえ」

 静まり返った部屋にボスの低い声だけが響いた。彼は上着の内側から大型の黒い拳銃リボルバーを取り出した。まさかあんなものをここで?

 銃声が鳴り響く。

 ジャズ隊長の頬からは血が流れた。弾丸は壁にめり込んでいる。

「何しやがる?」

 隊長はくってかかる。

「次は口をそぎ落とす」

 ボスはそれだけ言うと、拳銃をしまった。唖然と立ち尽くす私の目の前を通って、去って行く。

 しばらく唸っていた隊長だったが、傷口に触れると顔をしかめた。

「こりゃ顔洗うときに沁みそーだな」

 いや、心配するところが違う気がするんですけど。

 彼は扉のところに立つ私に気づいた。こちらに来るようにと手招きする。それに応じて行くと、つまみの皿を置くように指示した。

 傍の保冷庫から取り出した缶ビールの蓋を開け、ひと飲み。それからクラッカーを齧ると、爽やかに笑った。

「さあ、もう一勝負やるか」

 二人とも怖気づいて、とてもそんなノリではないのだけど。

「そんなことじゃマスティマの幹部にはなれねぇぞ」

 笑いながら言う。

 彼の笑い声はいい意味でも悪い意味でも状況を変えてしまう。

 部下の二人は顔を見合わせた。そして、そのうち一人がおずおずと言った。

「僕、やります」

 異口同音。もう一人も同じように言い出した。ジャズ隊長はしてやったりと笑みを浮かべる。

 私は巻き添えを食わないようにそっと部屋を後にする。

 廊下に出たとき、「その配り方はねぇぞ」と隊長の突っ込む声が聞こえてきた。

 くわばらくわばら。つまみが切れたなんて、もう呼び出しがきませんように。そして、ボスの眠りが安らかなものでありますように。

 早めに切り上げて上がってしまおうと私はその日、大急ぎで片付けを済ませた。

次回予告:マスティマに入ってから休みを取っていないミシェル。彼女を外食に誘ったアビゲイルは真の目的を明かし、彼女を説得するのだが……。

第22話「ミシェルの休暇」


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