20.コード Angel (後編)
プリシラは私のクッキーがどんなに美味しいかアビゲイルに力説している。母親の口にクッキーを押し付けてまで。
アビゲイルは確か初めて私の料理を口にしたはずだ。彼女は驚いたように目を見張って、このクッキーのレシピを教えてほしいと言った。
レシピくらい御安い御用。私は席を立とうとした。だが、それより早くプリシラが椅子から飛び降りた。
「ボスー!」
彼女は叫んで、一直線に廊下を目指して駆けていく。
瞬間、アビゲイルの顔が青ざめた。彼女は慌てて立ち上がり、娘の後を追った。私も二人の後を追う。
廊下の先に、立ち止まって振り返るボスの姿と駆けつづけるプリシラの後ろ姿が見えた。
彼の顔は遠くからでもはっきりと分かるほど引きつっていた。眉間には深い皺。唇はへの字に歪んでいる。
「ボスー、抱っこー」
くるりと背を向けて足早に歩き出した彼を、叫びながら必死で追いかけている。
ボスの足取りは競歩かと思うほどだ。
当然、プリシラは追くことは出来ず、すぐにアビゲイルの腕に捕らえられた。
「抱っこー、ボスに抱っこがいいのー」
彼女は泣きわめいている。
アビゲイルは彼女の体を揺らすようにしてなだめる。
「ボスは忙しいのよ。無理を言っては駄目よ」とか言いながら。
食堂に戻ってからも泣き続けていた。クッキーでつろうとしても無駄だった。
どれくらい時間が経った頃か、散々泣きつくした彼女は疲れたのだろう、眠ってしまった。
「何故かボスに抱っこされることに執着しててね」
アビゲイルは腕の中の子供を見ながら、疲労の見える声で言った。
「最初にパーティで会わせたときからそうだったもの。ボスに抱っこをせがんでね。あの人、固まっていたわ。後で私と夫が呼び出されて、えらく怒られたわ」
確かにボスは背が高いから見晴らしはよさげだけど。
それにしてもさっきのボスの反応。その時の状況が目に浮かぶようだ。こっちが冷や汗出てくる。
「プリシラちゃんはボスが怖くないんですかね」
レイバンはお化けだと言って怖がっていたのに、本当に不思議だ。ボスの方が何倍も目つき悪いし、声だって低くて迫力あるのに。
「不思議とね。逆にボスがこの子を怖がってるみたいよ」
確かにそうみたいだった。あんな引きつったボスの顔、そう見れるものではないだろう。こんな可愛い子の何が怖いのか分からないけれど。
すやすやと眠っているこの子は本当に天使のようだ。
「それで緊急連絡で来たんですね」
レイバンが必死で探していた本当の訳。あれはボスとプリシラの接触を防ぐためだったのかと、今さらながらに理解する。
「マイケル、悪いのだけど今度お菓子を作ったら……」
遠慮がちなアビゲイルの声。私は頷いた。
「お届けしますよ。僕の作ったものをあれだけ美味しそうに食べてくれるなら喜んで」
私はビニール袋にクッキーを詰めると、眠る彼女の手に握らせた。ぎゅっと握りこむ手はまだ小さく、柔らかい。
私を支えてくれる人がまた一人増えた。温かい気持ちになりながら、そう思った。
これほど心強いことはない。こんな可愛らしい天使の加護を受けるなんて。
私はまた新たにボスと対決する勇気をもらい、どんな仕打ちを受けようと耐えられる自信ができた。
次回予告:勤務明けの隊員と親睦を深めるジャザナイア隊長。酒のつまみを頼まれ、届けるミシェル。隊長の笑い声が思わぬものを引き寄せることに……。
第21話「ジャズ隊長のお楽しみ」
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