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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(2) Probation 仮契約
18/112

18.サロン・ド・マスティマ(後編)

 心の中の悲鳴は誰にも届かない。

 逃げ出したいが、できなかった。後ろからジャズ隊長の手が肩を押さえているからだ。万力みたいにびくともしない。

 周りを花びらのようなものが舞っている。

 もちろん、これは花吹雪などではない。散っているのは髪の毛だった。

 右手に鋏、左手にバリカンを手にしたグレイが踊るように私たち五人の前を動いている。

 今は一人がヘッドロックの体勢。バリカンを滑らす姿は、羊の毛刈りのようだ。

 アイリッシュ音楽にぴったりはまっている。

 きっと本業の羊刈りの人もびっくりだ。スピードが半端ではない。飛び散る髪の毛が四方八方に舞い散る。

 そうだ。私たちは哀れな生贄の子羊のようなものだ。

 見世物に興じる観客達の歓声。

 身動きの取れない私は観念して目を閉じた。

 どんな悲惨な髪型になろうが、毛はまた生えてくる。いざとなれば帽子やスカーフでも被ってごまかせばいい。それに犠牲者が私だけでないのも救いだった。


 どれくらい時間が経ったか。十分か十五分くらいなものだろう。

 不意に音楽が止まり、喝采に混じって盛大な拍手が聞こえてきた。

 恐る恐る目を開けてみる。私たちの前に立ったグレイは腕を組んでいる。満足げな笑顔だ。

 そりゃ、あれだけ派手な催しをやり遂げた後だもの。気分だって爽快だろう。

 白衣の襟から入った髪がちくちくする。襟元をパタパタやりながら、横にいる被害者の会の人たちを見やった。

 あれ。皆笑顔だ。手鏡を片手に角度を変えて自分の姿を見やっている。

 そこにいるのはJ・デップ。それにC・ロナウドではないか。少なくとも髪型は。

 あと一人は綺麗な五分刈り。残る一人はファッション誌の表紙に出てきそうな伊達男ぶりだ。

 びっくりして私の口は半開きだ。唇が開いたままのところへグレイが近付いてきた。

「お前はリクエストねーから、伸びた分くらい切ってみた」

 手鏡を渡しながら言う。

 鏡を覗くと、すっきりだ。不ぞろいだった毛が見事に切りそろえられている。プロも顔負けの仕事だ。あんな短時間にそれも五人一度でなんて。

「凄い」

 本音が思わずポロリと出た。

「グレイの器用さは折り紙付きだからな。それに年に二度だけ。なかなか見れねぇんだぞ」

 ジャズ隊長の声は興奮しているようで大きい。

 グレイは肩をすくめた。

「年中やってるショーなんかつまんねーの。面白くねーもん」

 この人の基準ってやっぱり面白いかそうでないかみたいだ。だけど、それに腕が付いてくるなんて。まだ若いのに末恐ろしい人だ。

「隊長も切ってやろーか。少し伸びすぎじゃねーの?」

「いやぁ。おれは美容師決めてっから」

 鋏を取り出したグレイに隊長は慌てたようだ。ふさふさした赤毛を撫でながら退散した。

「隊長は自分の髪、こだわってるもんな」

 腕を知っていながら、あの態度。グレイの言葉に納得した。そういえばジャズ隊長ってよく自分の髪を触っている気がする。 

 姉であるアビゲイルも同じだが、パーマをかけたかのように巻く赤毛。その鮮やかな色は今まで見たこともないほどだ。大事に思う気持ちも分かる。

 いつも一つに束ねた髪はジャザナイア隊長のトレードマークでもあった。どんなに遠くからでも彼だと分かる。

 現に城に入って廊下を抜けていく姿が窓越しに判別できるくらいだ。

「リミットまであと三分。さっさと片付けて仕事に戻れ。ボスにどやされっぞ」

 グレイが腕時計を見ながら皆を急かしている。

 ボスとの言葉を聞いて、隊員たちの動きが格段に早くなった。あっという間にブルーシートは丸められ、パイプ椅子も撤去された。

 城の二階の部屋を見上げたグレイは、もう一度腕時計にちらりと目をやった。

 一般の建築物よりも高い位置。三階から四階に当たるくらい。あの辺りはボスの執務室だ。窓ガラスに日の光が反射して中は見えなかったが。

「グレイ、今回のことってボスは……」

 グレイはいつもの調子でにやりと笑う。

「報告済。年二回の恒例行事だもん。内緒なんかにできねー」

「よく許可が下りましたね」

「実益を兼ねるしな。けど、時間制限の条件付。今頃、上から様子を見てるんじゃねーか」

 十分ありえる話だ。

 再びボスの部屋を見上げようとした私だったが、できなかった。グレイに頭を押さえられていたからだ。

「不用意に顔を上げるな。何が降って来るか分かんねーぞ」

 これもまたありえそうな話だ。ぞっとしながらも頷く。

「よし」

 グレイが周りを見回して、声を上げたときには中庭には私たち二人しかいなかった。

 たくさんいた野次馬も嘘のよう。お祭り後の静けさだ。

「置いてくぞ」

 あまりにも早い撤収。茫然としていると声をかけられた。

 当のグレイはすでにつなぎを脱いでいた。腕にかけて、その上コートまで着ている。一体いつの間に。

 一人突っ立っている私は阿呆のようだ。城の入り口に消える彼の後ろ姿を走って追いかけた。

次回予告:突然、緊急連絡用のブレスレットにAngelの文字。食堂に現れた少女。この二つのことには一体どんなつながりが……?

第19話「コードAngel(前編)」


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