17.サロン・ド・マスティマ(前編)
髪というのは人それぞれだ。形や色、質感。どれも個性だ。
例えば、アビゲイルとジャザナイア隊長姉弟の巻き毛は燃えるような赤い色。
二人とも長いので遠くからでも目立つ。見事過ぎて地毛かどうか疑いたくなるくらいだ。
レイバンの短い金髪は刈りたての芝生のようだ。思わず手を伸ばして触ってみたくなる。マスティマ一の背の高さ。身長の差から考えると、そんな機会は巡ってきそうもないけれど。
グレイの髪は銀色でさらさらだ。長めの前髪がいつも左目を隠している。掻き分けている仕草なんて見ないから、髪越しに目を使っているのだろう。透明感ある髪だからその辺りは可能そうだ。
マスティマの象徴色でもある真の黒の髪を持つのはボスだ。艶があってしなやかだ。この人の第一印象はきっと皆“目つきの悪い黒髪の男”だろう。それしか頭に残らない。残る余地がない。
そして、私の髪はというと、一言で済ますなら典型的なクセっ毛。その上、伸びるのが早い。背丈に行く分のエネルギーが髪に行っているのではと思うほどだ。
一番扱いづらいのが中途半端な長さ。あちこち跳ねて収拾が付かなくなる。
それに微妙な髪の色。ダークブロンドと言えば聞こえがいいが、日陰ではほとんど茶に見える、かろうじての金髪。
色はともかく、この髪質は幼い頃からずっと疎ましいものだった。
マスティマに入る前に短く刈った髪も今やかなり怪しい雰囲気になってきている。
そろそろ街へ出て切ってこなければ。
そんな風に思うも、仕事の忙しさに流されて日はどんどん経っていく。
やばくなってきた。このままでは爆発後の髪型になりかねない。言い方を良くするなら、ボンバーヘッドという奴だ。
廊下の窓ガラスに映りこんだ姿に足を止める。このまま、医務室に行ってアビゲイルに時間休を貰えるようお願いしよう。
だが、私の足は止まったままだった。覗いた窓の向こうに見えたものに引きつけられたのだ。
下の中庭にブルーシートが広げられていた。隊員たちがぞろぞろと集まってきている。
何が始まるのだろう。
窓から見下ろしていると、赤い頭がひょいと動いて私を見上げた。ジャザナイア隊長だ。彼は白い歯を見せると手招いた。
隊長に呼ばれたからには無視するわけにはいかない。それに好奇心もあった。
中庭に下りると、隊員たちがシートの上にパイプ椅子を並べていた。横一列に五席。
集まっている人数からみるとあまりに少ない数だ。まさか椅子取りゲームじゃないだろうけど。
隊長が名前を呼びかけている。四人の隊員が応えて席に座った。
そして、彼は手を腰にあてたまま振り向いた。傍へやってきて顔を覗きこむなり、「うん」と唸る。片手を私の頭に乗せると、くしゃくしゃに髪を撫でた。
「よし、マイケル。お前もそこに座れ」
一つ空いた席を指し示す。
なんだか分からないが、隊長命令だ。
私は辺りをきょろきょろと見回しながら、席に着いた。
何があるのかは不明だが、そう悪いことではなさそうだ。席に着いている人も回りにいる人の表情も柔らかい。笑顔を見せている人もいる。
「リクエストは簡潔にな。左から順番に言っていけ」
隊長は私の後ろに立っていて、左手に四席並んでいる。ということは私が最後だ。
「J・デップ」
「C・ロナウド」
隊員たちは次々に言っていく。アメリカの映画俳優、それにスペインチーム在籍のサッカー選手の名前だ。
「五分」
「お任せ」
彼らの言葉に周りの人たちは笑って囃し立てる。
「デップにロナウド? 勝手なこと言ってんなー」
ざわめきを割ったのは知った声。グレイだ。
私たちを取り囲んでいた隊員が彼のために道を開ける。とたんに音楽が聞こえてきた。軽やかなダンスでも踊れそうな音楽。これはアイリッシュ・ダンスの曲だ。
唇の端を上げて笑っているグレイは、右肩に大きなスピーカーの付いたCDデッキを乗せていた。その格好はいつもの制服姿ではない。カーキ色のつなぎを身に着けている。
彼は傍の隊員にCDデッキを任せると、腕をまくった。
振り返ったその手には四角い物が握られていた。
「始めるぞ。動くなよ」
左手の物が震えて音を発し始める。この音は耳にしたことがある。この音は……。
私たちの前をオモチャの飛行機を持って走る少年のようにグレイが通り過ぎていく。
エンジン音の真似は必要なかった。手にした機械の音がそれにそっくりだったのだ。
次回予告:騒ぎの正体は半年に一回のグレイ演出のショー。犠牲者五人のうちに選ばれたミシェル。観客達に囲まれ、逃げ出すことも出来ない彼女の運命は……。
第18話「サロン・ド・マスティマ(後編)」
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