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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(6) Daily work 1 マスティマの日常1
111/112

101.親睦会の結末

 トイレの前で白衣脱ぎかけの私を見て、不思議そうな顔のグレイ。

「なにやってんだ、ミック」と尋ねてくる。

 なにって、あなたを待ってたんですよ。そう返そうと思ったが、できなかった。彼の連れの人物に気付いたからだ。

 品のいい六十代位の年配の男の人。私に微笑みかけてくる。白髪頭に笑い皺が優しさを印象付ける。

 グレイはその人に向き直った。

「紹介するよ。これがうちのコックのマイケル。マイケル、こっちは本社の理事のウェイン・カーターだ」

 ウェイン・カーター?

 なんだか聞き覚えがある名前だと思ったら、さっき話題になっていた財布をスられた本人ではないか。

 私のことはグレイから聞いたと笑顔で握手を求めてくる。随分打ち解けている様子だ。

 加害者と被害者の関係はどうなったんだろう。

 私はグレイを廊下の隅に引っ張った。

「財布は返したんですか?」

「もちろん。不幸な生い立ちまで話してな。分かってくれたぜ」

 不幸な生い立ち……。グレイにそんな過去があるなんて知らなかった。

 わざとではないにしろ、悪いことを話させてしまった。私の表情の変化に、彼はにやりと笑った。

「嘘も方便って言うだろー」

 嘘? つまり、うまく丸め込んだってこと?

「ボスの代替わりの時にはオレを推すってさ」

 どうやって、この短時間でそこまで漕ぎ着くんだろう。グレイ・マジック炸裂だ。話術にも技があるってことか。財布のことにしろ、なんだか犯罪めいた匂いがする。

 それも次のボスに推すって……。そう思ってはっと思い出す。ボスとジャズ隊長の伝言のこと。

「隊長が早く来いって言ってました。それから、ボスは「二度目はない」って」

「やっぱりボスはごまかせねーか」

 グレイは舌打ちをして肩をすくめる。

 そして、すぐに行かないと大変だと、カーターさんと一緒に立ち去った。


 休憩のはずが、まったく休めなかった。

 こんなことは想定内と言えるほど、マスティマ幹部の人たちの意外性には未だ慣れない。アビゲイルなら、きっとそう思うだろうけど。

 気持ちを切り替えて、ランチの用意を再開。あと一時間足らずで昼食の予定時間だ。

 厨房の横にある食堂のセッティングに取り掛かる。

 高い天井に大きな窓の開放的な空間。ここからだとグリーンが見渡せる。幸か不幸かマスティマ対ディケンズ本社の対決は別のコースのようだ。

 ミネストローネとクラムチャウダーのスープの準備も完了。いい味になった。

 本社のお手伝いの人にも一口ずつ味を確認してもらう。二人は顔を見合わると、揃って美味しいと絶賛してくれた。

 さあ、食堂の保温機に鍋をセットしなくちゃ。大鍋を厨房から運び出したとき、耳慣れない音を聞いた。

 それもどんどん音量が増す。こっちに近づいいる。これは救急車のサイレンの音だ。

 ただ事ではない。アビゲイルや本社の総取締役であるアーロンは医者だ。彼らが手におえないことが起こったということだろうか。

 とうとうボスが大立ち回りをやってのけたとか。

 私は厨房へ戻ると鍋をコンロに戻した。まずは火の始末を確認。

 それから、急いで騒ぎの渦中へと向かった。


 現場に着くと、やっぱりとんでもないことになっていた。

 グリーン上で、アーロンが倒れている人に馬乗りになって、心肺蘇生法を施している。アビゲイルは腫れ上がった肩の人を診察中だ。軽く触れただけでも、かなり痛いらしい。患者の顔色は真っ青で、悲鳴を上げていた。

 それを遠巻きするディケンズ本社の人たち。

「わざとだ」とか「狙い打ちだ」とか、ひそひそ声が聞こえる。

 視線をたどると、あきらかにボスに向いている。

 離れた彼には届かないだろう声。それでもその空気に気付いたようで、彼らへと振り返った。

 本社の人たちはいっせいに目を逸らす。ボス、いったいなにをやらかしたんですか。

 救急隊員たちが現れて、アーロンに声をかけたとき、患者は息を吹き返した。

 これで安心とばかりに、アビゲイルも救急隊員にけが人を任せた。

「やれやれ」

 担架で運ばれる部下を見て、アーロンは立ち上がった。

 白衣を着ていなくても医者然とした人だ。

 医師免許証なんて必要ないくらい。そう見えるのは、黒髪や黒い細縁の眼鏡のせいだけではないだろう。青年期を過ぎた爽やかさとはこうだとの見本みたいな人だ。

 私に目を留めると笑みを浮かべて告げた。

「申し訳ないが、ランチはなしだ」

 そりゃそうだ。こんな騒ぎが起こったのだ。当然だと思う。

 それなのに……。

「どっちが勝ちなんだ?」

 ジャザナイア隊長がやってきて、アーロンに尋ねている。

 こんなときにまで、隊長、勝敗にこだわるんですか、と言いたいところだが、それは本社の人たちも同じようだ。

「こちらの勝ちだろう」

「マスティマは反則負けだ」

「勝ち越し決定だな」

 口々にしゃべってる。

次回予告:親睦会のゴルフ対決の結果はいかに? マスティマとディケンズ本社との諍いに声をあげたのは意外な人物で……。

第102話「勝敗の行方」


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