表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(6) Daily work 1 マスティマの日常1
110/112

100.グレイの技

 さて昼食の準備は完了。

 開始予定の十三時までには間があるし、手伝いの人たちには忙しくなる前の一休みをしてもらう。私も今のうちに休憩。

 ゴルフの様子でも見ようとクラブハウスの玄関へと向かう。

 すると、途中の廊下ですったもんだしている男たちに出くわした。

 二人とも黒いコート姿。あの目立つ赤い後ろ頭はジャザナイア隊長だ。その向こうにいるのは……。

 銀色の髪、グレイだ。助っ人早くも登場。でも、こんな所でなにしてるんだろう。

「わりー、隊長。昔の癖でつい」

「なにやってんだ。こりゃ、本社理事のウェイン・カーターのじゃねぇか」

 隊長がグレイから取り上げているのは、高級そうな革の財布だ。クレジットカードの名前を確認している。

「こいつがポッケから顔のぞかせてさー。オレに盗ってくれってせがむから」

「財布はもの言わねぇだろ」

 グレイの奇妙な言い訳に、隊長、突っ込むところそこですか。

 それに、それって窃盗じゃ……。

「よりにもよって、なんでカーターのなんだ。貴重な親マスティマ派の上役なんだぜ」

 グレイの頭をぽんぽん叩きながら言う。そして、ため息をひとつ。

「仕方ねぇなぁ。おれが責任もって、こそっとポケットに戻してくるしかねぇか」

 隊長、それは上司の責任の取り方とは違うと思います。

「やべーんじゃね?」

 グレイの言葉に、彼の良識を感じてほっとしたのも束の間。

「隊長、不器用だもん。途中でばれること間違いねー」

「じゃあ、お前が戻して来い」

 財布を渡す隊長に、グレイは軽く舌打ちして受け取った。

 前々から感じていたけど、マスティマの幹部の人たちって、普通の感覚と違う気がする。個性的だとか一言では片付けられないくらい。

「よし、カードは足が付くから現金を、と」

 財布を広げて、物色し始めたグレイをぎょっとしたジャズ隊長が止める。

「なにやってんだ。そのまま返せ」

「えー? 警備会社の重役のくせに緊張感なさすぎのやつだぜー」

「それはそうだけどなぁ」

 ジャズ隊長が頭を掻いている。迷いの出た証拠だ。

 負けちゃ駄目です、隊長。ここは、上司としてびしっと部下を指導してください。

 後ろで、ひとり力の入っている私に、彼らが気付いたのは、ほぼ同時だった。

 この瞬間、グレイはめったにお目にかかれない、神々しいほどの笑顔を見せた。

 私の前につかつかと歩いてくるなり、右手をとる。

「ミック、お前に任せ……るなんてことは、あるわけねーし」

 明らかに途中で調子が変わった。押し付けられるかと思った財布は、あっという間にグレイの懐に消える。

「ちょっとトイレ」

 妙に慌てた様子で反転して、すっ飛んでいく。それほど切羽詰っていたんだろうか。

 そんな疑問も上から降ってくる声にかき消された。

「逃げたか」

 低くて威圧感のある声。振り仰いでみれば、私の背後にいたのはボスだった。

 いつからいたのだろう。私よりうんと背丈があって、制服の黒いコートがまぎれる夜でもないのに。

 足音も聞こえなかったし、気配も感じなかった。忍び寄って獲物の首をがぶりとやる、猫科の動物みたいだ。

 さすがグレイというべきだろうか。あのあからさまな態度の変化。適切な対応だと思う。危険なものには距離をとるのが一番。

「おっ、ボス。ゴルフはどうした。休憩か?」

 ようやくジャザナイア隊長も気づいた。いつものごとく、あっけらかんとした調子で尋ねる。

「お前の代わりにアビゲイルがプレー中だ」

 ボスの声には、明らかな苛立ちが混じっていた。

 隊長は「ははっ、そうか」とへらっと笑う。ボスは無表情で、彼に絡むことを拒否している。

「アビーの腕は、おれと同じレベルだぜ」

 ジャズ隊長は、ゆるい会話を続けようとする。

 汗ばんでくる掌。この人とボスは長い付き合いのはずだ。それなのに、ボスの考えとか行動とか予測できないんだろうか。ボスの沈黙が耐えられない。

「……戻らねぇとな」

 さすがにヤバイ雰囲気だと気付いたようだ。隊長がそう切り出した。

「次のホールの出番はボスじゃねぇか」

 ボスは眉をひそめる。ジャズ隊長、分かっていない。

 彼は多分二人を迎えに来たのだ。彼らが来ないから。それなのにグレイはトイレへ逃げ、隊長はボスを急かしている。

「ゴルフの決着、まだなんですよね?」

 ボスの右手が懐へ伸びるのに気付いて、慌てて口にする。

 彼は私を横目で見て、そして手を戻した。

 ふう。かろうじて危機は回避できたようだ。当の隊長は気にもしてないようだけど。

「グレイが戻ってきたら、すぐ来るように言ってくれ」

 ジャズ隊長から伝言を預かる。

「二度目はねえと伝えろ」

 これはボスからだ。

 上役二人からの命令なら、ぺーぺーの私は従うしかない。ランチまで余裕があってよかった。

 彼らを見送って、トイレの前でスタンバイ。

 いつ出てきてもいい状態。さあ、出ていらっしゃい。

 けれど、待っても出てこない。男の人のトイレってこんなにかかるものだっけ? まさか大のほうだったりして。なんか構えてしまう。

 大のほうした後で、待ち構えられていたら、気まずかったりしないだろうか。

 思い切って入ってみようか。

 男子トイレなんて入ったことのない、禁断の領域だけど。マスティマの城では共有トイレでなく、自分の部屋のを使っていたし。

 立ちションを目にするのも、個室のドアを叩いて回るのも勇気がいりそうだ。気持ちを落ち着かせてから行かないと。

 忘れていたが、せめて上着を脱がなきゃ。白衣のまま入るのは衛生上よくない。

 決心して上着に手を掛けたとき、グレイが入り口から現れた。

次回予告:親睦会の幕引き。思わぬ形? いや、予想できたこと? 駆けつけたミシェルは困惑するばかりで……。

第101話「親睦会の結末」


‬お話を気に入っていただけましたら、下の「小説家になろう 勝手にランキング」の文字をぽちっとお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ