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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(6) Daily work 1 マスティマの日常1
105/112

95.禁断の箱

 ある日、血相を変えたレイバンが厨房に駆け込んできた。ボスの昼食をワゴンに乗せ終え、ボス専用の食堂に、さあ出発という時に。

 ただ事でないことはすぐに分かった。顔色は真っ青、目は泳ぎ、涙ぐんでいた。

「ボスが……ボスが……」と繰り返すだけだ。

 ボスに何かあったのかと驚いた私は、言葉もままならない彼が落ち着くのを待った。

 そして、聞き出したのは「ボスのブロマイドを爆破してしまった」ということだった。

 私は瞬時に壁の時計を見て、ワゴンを押し出した。すがり付いてくるレイバンの手を振り払って。

「あとで聞きます!」

 今はボスの昼食が優先。遅れるなんて論外だ。

 しかも、ブロマイドを爆破して落ち込むレイバンを慰めてました……なんてこと、絶対に遅れた理由なんかにならない。

 ブロマイドの話が出てきた時点でアウトだ。ボスは前から許してなくて、見つけたはしからカメラを壊していたそうだし。

 ほとんど走って、なんとか間に合った。若干息を切らせて配膳をする私をボスは怪訝そうに見ていたけど。

 無事に昼食は終わった。ワゴンを押して戻ると、厨房と続きの食堂に、一人窓に向かって椅子に座っているレイバンがいた。

 昼食時なので、食堂のテーブルには人がいっぱい。

 ただ彼の周りだけ雰囲気が違う。そこだけ雨が降ってるみたいだ。

「なんか大事なもの、ふっ飛ばしたみてーだぜ」

 コーヒーカップ片手にグレイが寄ってきた。

 彼の話によると、爆薬を使った屋外演習中、レイバンが何かを落としたらしい。運悪く上着の内ポケットの底が破れていたからだとか。

「爆発してんのに、飛び込もうとしてたもんなー。よっぽど大事なもんだと思うけど、何かは言わねーもん」

 そりゃ、ボスのブロマイドだなんて言えないでしょう。

 肩を落として、いつもより一回りは小さく見える彼。哀れを誘う。

 ブロマイド、しかもボスのものを作る情熱は分からないけど、大事なものを失くした気持ちは理解できる。

 今日のスイーツ、彼が一番好きなザッハトルテにしよう。少しでも元気になってくれると嬉しい。

「ボスの昼食終わりました。話を聞きますよ」

 傍に寄って声をかける。

 すると、顔を上げるなり立ち上がった彼は、私の腕をつかんで食堂を飛び出していった。

 体の大きさに対して、なんて素早い動きだ。驚きのあまり抵抗もできなかった。

 食堂にいた人たちもそれは同じだったようだ。あんぐりと口を開けているのがスローモーションのように見えた。

 体格差のおかげで、ほとんど宙に浮いた状態。多分、子供におもちゃにされる人形みたいな比率だ。 

 つかまれた腕が悲鳴を上げる。

 痛さのあまり、本気で抵抗しようと思ったとき、レイバンは足を止めた。ようやく床に立つことができる。

「マイケル、お前のアレ、返してくれ」

 詰め寄ってくる彼。目がマジで怖い。

 この状況で、アレといえばボスのブロマイド。彼の提案は願ってもないことだ。私は二つ返事で、自室に飛んでいって写真を取ってきた。

 原本は自分で持っているのが安全だと思っていたのに、とんだ失敗だったとレイバンは悔やんでいた。そして、私から写真を奪ってしまうことに心痛めていた。

 いえ、そんな心遣いいらないです。持っていってくれて、ありがとうございます。

 本音はそう。だけど、すまなそうにしている彼の前では決して口にできない。

「これは借りだ」と身に覚えのない恩まで作ってしまった。

 二枚の写真を両手で天に掲げてから、大事に懐にしまうレイバン。

 ブロマイドだって、ああやって大事にしてくれる人のところが一番のはずだ。写っているボス本人がどう思おうと関係なく。

 本当にほっとして、私は彼の後ろ姿を見送った。

 ……見送ったのに。

 また写真が私の元に返ってきた。

 心苦しさを感じたレイバンが複製を持ってきてくれたのだ。

「こんなの、いりません」とは、絶対に言えない雰囲気。

 写真とお別れしてから二時間ほどしか経っていない。厨房に押しかけたレイバン。借りを返せたと安堵しているのが分かる。

 仕方なく受け取ろうとすると「あっ」と声を出す。

 食器洗いをしていたので、濡れた手が気になったようだ。素早くタオルを差し出してくれた。

 ありがたいような、ありがたくないような。複雑な気分でぬぐって、写真を手にした。

 また禁断の箱行きか。

 とりあえず、自分の部屋に戻ってなおさないと。ずっとボスと一緒では、写真であっても落ち着けない。

 私は部屋に戻り、クローゼットを開ける。

 すると、時を同じくしてドアをノックする者がいた。

 箱を取って入れるだけだが、失念していた。私の背丈では踏み台を持ってこなければならない。

 ドアの前の人を待たせるのも悪いので、近くに吊り下げていたコートのカバーを摘み上げ、ポケットに入れた。

 少なくともクローゼットの中だ。部屋のテーブルとかに置くよりは目に付くことはない。

 後で箱に入れなおせばいいだけのことだ。

 私はドアに駆けつける。

 廊下にいたのはアビゲイルだった。彼女は私に新しい仕事を告げにきたのだ。

 それは初の出張業務。近々あるというディケンズ本社の親睦会でのランチ作りだった。

次回予告:ミシェルのスィーツ作り。その噂は本社まで広がって……。

第96話「スィーツさまさま」


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