94.個性的な部屋
マスティマの幹部たちはみんな個性豊かだ。
部屋を一瞥しただけでも分かる。私はコックで、仕事としてデリバリーサービスも行っているから、知ることになった。
マスティマでは幹部も含めて隊員たちは全て、アジトである城で暮らしている。城といっても古城を内部改修したもので、外から見ると、まさに幽霊スポット。おんぼろだ。
内側は整備されて、モダンな空間になっている。
私を含め、一般の隊員たちの住居スペースは、ビジネスホテルのシングルルームのような造り。広くはないが使い勝手はいい。
対して幹部たちの住居スペースはとても広い。……といいつつも、私が入ったことがあるのは、ボスの部屋とアビゲイルの部屋。それから、レイバンの部屋だけだ。あとは戸口から覗いたくらい。
ボスの部屋は黒を基調とした高級感ある造りだ。大理石の暖炉まである。
アビゲイルの部屋は、夫のオスカー、娘のプリシラ、三人住まいだから家族仕様。明るいカントリー調。
レイバンの部屋は、物があまりなく、シンプルできれいに片付いている。筋肉トレーニングの器具を置いたスペースが目を引く。
そして、最近覗いてしまったグレイとジャザナイア隊長の部屋。
グレイは、部屋の中でなんと工事をしていた。正確に言うと金属の溶接作業中だった。
マスクをつけ、作業着に手袋姿で部屋の中で火花を散らしていたのだ。
こういったことは日常のことらしく、床の一部分はコンクリ打ちっぱなしで壁には配線のコードやワイヤーやら、工具が引っ掛けられていた。
そして、目に付いたのは大きなドーム型の鳥かごの中の白い鳩たち。彼の正体はいまだによく分からない。ただ、マニアックな人だという印象だ。
ジャズ隊長の部屋はというと散らかり放題。
扉から入って一歩のところに、なぜかパンツが脱ぎ捨てられていた。どういう状況でこんなことになるのか想像もできない。
部屋に入ってすぐに全裸になる人なら説明がつくが、姉であるアビゲイルによると違うようだ。
ジャズのお嫁さんは、お掃除が好きな子じゃないとダメねとアビゲイルは溜息混じりに言っていた。
床には、他にも靴下やらズボンにタオル、ビール瓶やばらばらになった書類で足の踏み場がない。
よほど長い時間掃除をしていないのかと思いきや、クリーニングが入ったのが前日だという。一日で人が汚せる限界を見た気がした。
さて、私の部屋のことも言っておこう。
他人が入ってこないはずのプライベート空間だとはいえ、何があるか分からないのがマスティマだ。気を抜いてはいけない。
私が女だと示すものは、目に付くところには絶対に置かないことにしていた。
衣類でも女物だとすぐ分かるスカートやワンピースはカバーをかけて収納。ちなみにこれらはアビゲイルからの貰い物だ。また、化粧品も箱の中に入れて、作り付けのクローゼットにしまっている。
そして、クローゼットの一番上の棚には、禁断の箱があった。
箱の四方を紙テープで止め、他の人が蓋を開けたときには分かるようにしている。念には念を入れてだ。
中身は、不覚にも手にすることになったボス関連のグッズ。
そのひとつが、アビゲイルが娘のために作ったというクリスマス・プレゼント。「赤鼻のトナカイ」のマスティマ・バージョンである「ガンタレのトナカイ」。
ボスに無断で作られたその絵本は、彼をデフォルメして主人公のトナカイに仕立て上げたものだ。
アビゲイルの娘であるプリシラはボスのファン。大いに気に入ったそうなのだが、問題が発生。彼に見せようとするらしい。それはまずいと、ボスもプリシラも気が付かないところ、つまり私の部屋が保管場所に抜擢された。
そして、関連グッズ、もうひとつがボスのブロマイド。それも二枚。一枚目は、こちらを振り返るバストショット。二枚目がマスティマ・ドッグのマグナムを従えて、銃口をこちらに向けているもので、まるで映画のポスターのよう。
写真でも変わらず目つきが悪くて、迫力がある。
これは熱狂的なボスの信奉者であるレイバンからもらった。過去にボスに命を救われた彼は、ブロマイド作りに魂を込めている。
「僕もボスに救われたんです」と言ったがために、私も同じ趣味だと信じ込んでしまった。
これは同士の印。とても付き返すことはできなかった。
事情を知っているアビゲイルは、簡単に「燃やしたら?」なんて言うけど、それもできずに、ここにしまっている。
こうして、ボスの秘密のアイテムは、私のクローゼットに厳重保管になっていた。
次回予告: お手製のボスのブロマイドを失くして失意のレイバンは、ミシェルに救いを見出すのだが……。
第95話「禁断の箱」
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