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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(6) Daily work 1 マスティマの日常1
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93.セクシーの条件

 ジャザナイア隊長が去った後、私はすかさずアビゲイルに謝った。

 彼女はきょとんとして、私が何を言っているか分からないようだったが、本のことを指さすと、ようやく理解できた様子だった。

「何言っているの。どっちみちボスはオスカーを使うのよ。この本のことじゃなければ、別の仕事にね。あなたが気にすることじゃないわ」

「でも、あんなになるまで頑張ってくれたオスカーに申し訳なくて」

 翻訳を手伝えないことも腹立たしい。もっとも薬膳にあまり関わりを持たなかった私は、薬草のことは大して知らない。その上、会話はなんとかできるが、書き文字はほとんど分からない。

 できることなんて、ないに等しいだろうけど。

「あなたが払っている犠牲だって大きいじゃないの。ボスを眠らせる役なんて、コックの仕事じゃないんだから。それに……」

 アビゲイルは私の耳元に口を寄せてきた。

「私、弱ったオスカー好物なの」

 ちょっとした爆弾発言にギョッとする。

 病気やけがで弱った人を助けることに喜びを見出すのは、医者の性だとは思うが、こんなところで別の性を目の当たりにするとは思いもしなかった。

「だって、あの人、日ごろ弱音なんて吐かないのに、疲れているときだけは違うもの」

 その妖艶な微笑みは思い出し笑いのようだ。こっちがどぎまぎしてくる。

 私はなんて言ってあげたらいいんだろう。「そうですよね。疲れた男の人ってセクシーですよね」とか?

 実際のところ、私には疲れた人は、ただのやつれた人にしか見えない。これは人生の経験値の違いって奴だろうか。私もいずれ、かわいそうな人が可愛い人に思えてくるんだろうか。想像もできない。

 味の好みに置き換えれば理解できるだろうか。これは多分、多様性の表れなんだろう。刺激が強ければ強いほど良いって、ハバネロ大好き人間だっているじゃないか。あれ、何の話をしてたんだっけ?

「だから、安心してオスカーには無理難題を突き付けてね」

 お願いされて我に返る。

「ああ、まったく。ほどほどになら問題なしだよ」

 後ろから声が聞こえてきた。

 振り返ると、そこにいたのはオスカー本人。無精ひげもなく眼鏡なし。背筋のピンと伸びたさわやかさ全開の完全復活版だ。

 いつものごとくジャザナイア隊長は戸を閉めずに去っていったようだ。開ける音はしなかったから。

 彼は、おはようとアビゲイルにキスをした。

「仕事に戻るのね」

 彼女の問いかけに「ああ」と笑顔で答える。

「オスカー、もう大丈夫なんですか?」

「驚かせてすまなかったね、マイケル。大丈夫だよ。五時間は眠ったからね」

 アビゲイルに向けた笑顔と同じ笑顔。

 こちらもつられて笑顔になってしまったけど、五時間なんて普通の睡眠時間だ。どれだけこの人が身を削って仕事に打ち込んでいるのか分かる。

「僕はこの仕事が好きなんだ。気にしないで」

 肩をポンと叩かれた。

 そりゃ、好きな仕事は苦にならないのは私も同じだ。問題は私に関わりのあることで、余計なものを背負い込ませてしまっているってことだ。

「今度の仕事、八十パーセントは終わったも同然。先にスキャナーで一巻分データを送ってもらえたからね。ジャズのお蔭だ。翻訳プログラムの改良も済んだしね」

 彼が仕事の進捗状況まで教えてくれたのは、私の晴れない表情を見て取ったからだろう。私はそれにすがりついてしまった。

「じゃあ、もう徹夜は……」

「新しい仕事が来るまではなしだね」

 ここで聞こえてきたのはアビゲイルから漏れた小さな吐息。明らかに残念そう。

「あとは人海戦術でのスキャニングだけだから、そうはかからないと思うよ」

 オスカーはアビゲイルの手から本を受け取り、麻袋に戻すと、それを肩に担ぎ上げた。

「じゃあマイケル、またあとで」

 笑顔で手を振って、医務室から出て行った。

「次に疲れ切ったオスカーを拝めるのは先のことになりそうね」

 アビゲイルは、かなりのがっかり顔で言っていたけど、私の気分は少しだけ軽くなった。

 オスカーは技術情報部の仕事。私はコックとボスを眠らせる仕事。役割というものがある。

 それぞれがプロで他が肩代わりはできない。だから、私は自分のポジションでベストを尽くすしかないのだ。

 コックとしては、もちろんのこと、ボスを眠らせる役も。オスカーたちとコウエン師匠のお蔭で新たな魔法の本が手に入ったのだから百人力だ。

「私も頑張らなくちゃ」

 気合も新たに医務室を後にした。

次回予告: ミシェルが覗き見た幹部たちの部屋。そこは彼らの嗜好が如実に表れていて……。

第94話「個性的な部屋」


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