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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(6) Daily work 1 マスティマの日常1
100/112

90.魔法の飲み物

 コックである私が扱う、奥深くて気を遣うもののひとつ。

 古くは魔法薬とされていた、現代では病気の予防効果も期待できる、香り高い飲み物。

 それはずばりコーヒーだ。

 マスティマに入るまでは、家族や友人のためにとかプライベートでしか淹れたことがなかった。

 気兼ねなく嗜好を伝えられる間柄。好みに合わせるのも、さほど複雑ではない。

 豆の量も目分量、つまりは感覚でも十分だったのだが、ここマスティマではコーヒーにいたっても一筋縄ではいかない。

 ボスが毎朝口にするエスプレッソ。これも濃さの問題が勃発。料理ほどにはないにしろ、正解にたどり着くまで一悶着あった。

 高価なコーヒーカップが何個犠牲になっただろう。シミ抜きの作業も毎度のことだった。ほの苦い思い出だ。

 食堂にも据え置きのコーヒーメーカーがあって、いつでも飲めるように準備している。

 これはマスティマ隊員たちの休憩用。お菓子のお供だ。

 彼らの大変さは任務に携わることのない私でも想像できる。

 食堂は無機質な部屋だし、テーブルも椅子も上等なものではないけど、くつろぎの時間はできるだけ上質なものにしてあげたい。

 とはいえ、人の数だけ好みはある。そこで、曜日ごとに豆を変えて、いろいろな味を楽しめるようにしてみた。

 おかげなのか大繁盛。コーヒーの消費量には驚かされるばかりだ。

 一番口にしているのは間違いなく、グレイ。

 日に何度もやってきて、一人でサーバーいっぱいのコーヒーを飲んでしまう。

 明らかなるカフェイン中毒患者。切れると頭痛がするとか体がだるくなるとか自覚症状があるのに、気にしている様子はない。

 体に悪かろうと、こっそりノンカフェインのものを混ぜてみたら、「マズッ」と、すぐにばれてしまった。

「コレだよ、コレ!」

 新しく作り直したコーヒーを上機嫌に飲み干す。ほんの少し混ぜてみただけなのに、彼の味覚は侮れない。


 分かる人には分かる、分からない人には分からないのが味。

 技術情報部に持っていく、日に三度のコーヒー。最初の一回を覗いてはノンカフェインのもの。これは医師であるアビゲイルの指示だ。

「ただでさえ向精神作用のあるサプリの常用者ばかりだもの。本当はカフェインなんて必要ないのよ」

 危険な香りのする言葉だ。

 味の違いをいつ指摘されるかと緊張していたが、言う人はいなかった。

 根を詰め、徹夜も日常だという技術情報部。

 彼らが鈍いというよりは、これはもう味の分かる、分からないのレベルじゃない気がする。

 コーヒーを持っていくと嫌でも現場を見ることになるから分かる。マスティマでもあそこは別世界。

 城の中に自分たちの部屋があるのに、部署である部屋で生活しているようなもの。仕事がひと段落着くまで缶詰状態らしい。

 ラストスパートのときなど、部屋に入った瞬間、地獄絵図でも目にしたように感じる。

 精根尽き果てデスクに突っ伏して倒れている人もチラホラ。顔や腕の皮膚がボコボコと変形している様を見て、なにかの病気かと思った最初の頃。

 それはパソコンのキーボードに倒れ込んだ結果で、よだれで機材をパーにしたつわものもいるという。

 当然、画面に続く同じ文字の羅列。エラー音が出ていても、気に留める余裕のある人はいない。

 コーヒーをどうぞと部屋の隅にワゴンをつければ、集まってくる人たち。

 立ち上がる気力もないのか、車輪のついた椅子を引きずってヤドカリみたいに移動してくる。それも足元がおぼつかないのか、なかなか進めない。

 一人ならまだしも、三人四人と続けばB級ホラーをしのぐほどの怖さ。逃げ出したくなる。

 こんな状況でモチベーションをどうやって保っているんだろう。尋ねたら、あっさりと教えてくれた。

 驚きのストレス発散機器、エコーモーション、略してエコモがあるから大丈夫だと。

 城の地下室に連れて行かれ、現物も見せてもらった。

 見かけはただの陶器の壷。それも私なんか余裕で中に入って隠れてしまえそうなほどの大きさ。

 特製のヘッドフォンをして中を覗き込んで鬱憤を口に出せば、あら不思議。山の頂にいるかと思うほどの臨場感ある山彦。しかもほとんど外に漏れない仕様。

「王様の耳はロバの耳」みたいなもので、面と向かっては言えないボスへの愚痴が多いと思いきや、ランキング三位圏外だという。

「時間よ、止まれ」という理論上無理なもの、「眠れない」「眠りたい」と心身の危機を叫ぶもの、「誰か俺を殺してくれー」と自滅的な物騒な物言いになるもの、これらがトップスリーを飾っている。

 自分の思いを口に出すのはいい事だとアビゲイルも推奨していたらしいが、ハマって仕事に帰って来ない者が続出。そこで、壷は日ごとにマスティマの城をあちこち移動することになり、利用者はまず見つけることから始めならなくなった。

 運動不足も解消できると利点が増えて、エコモの人気はうなぎ上り。

 移動係のアビゲイルがさぞかし大変だろうと思ったが、大丈夫らしい。特殊なセラミックでできている壷は見た目では考えられないほど軽く、彼女が片手でも扱える代物だった。

次回予告:技術情報部の部長オスカー。いつも紳士的対応を欠かさない彼に異変が……。

第91話「オスカーの受難」


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