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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

放浪の死霊術師

作者: SAK

「アンタたち、悪いことは言わねえ。 早くこの町から出て行った方がいい」


 旅の途中、休息のために立ち寄った町の酒場で、突然こんなことを言われる。

 俺と旅仲間の猫獣人の女の子……ユンヌは驚いて顔を見合わせる。


 そんな俺たちのことを見ながら、強面の男は言葉を続ける。


「放浪の死霊術師(ネクロマンサー)……聞いたことがあるだろう? 殺しても死なない不死身の兵を従え、それらを使って強者を殺し、仲間に引き入れる……そいつが今、この町にいるんだよ。 そっちの嬢ちゃんはかわいらしいからな、やつに見つかったら有無を言わさずに仲間にさせられるだろう」

「えー、あたしそんなにかわいいかなあ。 ちょっと照れちゃうなぁ」


 頭をポリポリと掻きながら見た目を誉められたことに喜ぶユンヌ。 いや、反応するところはそこじゃないだろうが。

 と、呆れた顔でユンヌを見ながらも、今後のことを思案する。


「ね、ねえ、兄ちゃんたち冒険者なの? 父さんの仇を討ってよ……!」


 今度は別の方向から、小さなこどもの声で話しかけられる。

 そちらを見ると、目を赤く腫らしたこどもが立っていた。


「アル、旅人さんに無茶を言っちゃいけねえ。 お前の父ちゃんはこの町一番の冒険者だったんだ。 それが手も足も出ず……今はやつの配下にいるんだからよ」


 なるほど、な。

 アルと呼ばれた子の父親は死霊術師に殺され、強制的に仲間にさせられた。

 そして町一番の冒険者を難なく殺し、更にその冒険者を仲間に加えた今、この町に死霊術師を倒せるだけの戦力など残ってはいない、か。


「で、でも……父さんは町のみんなを守るのが誇りだ、って言ってた。 それなのに、それなのに……今はみんなを力でねじ伏せるように命令されて……そんなのって……ないよ……」


 ……死霊術で生ける死者として蘇った人間は、死霊術師に逆らうことはできない。

 それどころか、本人がどれだけ抵抗しても、命令には強制的に従わなければならない。


 町を守っていた英雄が、町を脅かす存在に……か。 やるせない話だ。


「ねえ、レイ。 あたしたちで助けてあげられないかな?」

「そうだな……そうなると相手の戦力がどれだけあるか……」


「おう、店主! 酒だ! 酒を出せ!」


 俺とユンヌが話をしていると、酒場のドアが乱暴に開けられる。

 そこにはローブを纏った小太りの中年の男が立っていた。


 その男は俺たち……いや、ユンヌの方を見ると舌なめずりをする。


「ほお……ずいぶんかわいらしい獣人じゃねえか。 どうだ、俺の女にならねえか?」

「お断りよ。 あたしにはレイがいるわ」


 ユンヌはそう言うと俺の腕に抱きついてくる。

 相手の感情を逆なでしてどうするんだよ。


「チッ、まあいい……なら強制的に俺の女にするまでだ!」


 中年の男が合図をすると、男の背後から別の男がユンヌに向かって斬りかかってきた。

 ユンヌは咄嗟に剣を抜き、それを受け止める。


「ほお、やるじゃないか。 この町一の冒険者の一撃を止めるとはな。 かわいい上に腕も立つ……となると、余計に俺の女にしたくなってきた……無理矢理にでもな!」


 斬りかかってきた男を見ると、肌が青白く、生気が抜けているようだった。

 そしてこの町一……ということは、ローブの男は間違いなく死霊術師だ。


「ユンヌ、いったん外に出るぞ。ここだと被害が広がる!」

「わかった!」


 ユンヌは鍔迫り合いをしていた男を蹴って態勢を崩させると、俺と共に非常口から店の外へと駆け出す。


「まずは開けたところだ! できれば町の外まで出たいが……ッ!」


 俺たちの走る方へと、上空から矢が降り注ぐ。

 上を見ると、民家の屋根に弓兵が数人立っていた。 おそらくこれもやつの兵だろう。


「ここは広場か……戦いやすくはあるが……射線が通っていて危険でもあるな」

「ま、多少の矢ならあたしが弾き返すよ」

「ああ、頼りにしてるぞ」


「ククク……俺の兵からは逃げられんぞ。 なにせ俺は10もの人間を同時に操ることができる、優秀な死霊術師だからな」


 俺たちが弓兵に足止めをされている間に、アルの父親を連れて死霊術師が追いついてくる。

 普通の死霊術師は5人を操るぐらいが精一杯だ。 その倍の10人となると、本人も自画自賛しているが優秀と言えるだろう。


「ユンヌ、10人の相手は任せられるか?」

「んー、まあちょっと厳しいけど、魔法を使う間の時間なら稼げるよ」

「ああ、頼んだ」


「ほう、男の方は魔術師か。 それなら俺の兵がますます充実すると言うものだ。 全力を出して俺のものにしてやろう!」


 死霊術師はそう言うと魔力を解き放ち、戦力のすべてを解放する。

 アルの父親の他には屋根に弓兵が4人、そして新しく召喚されたのが5人か……見た目は歩兵2人と魔術師3人のようだが……。


「さあお前ら、できれば女は殺さずに捕らえろ! 殺してしまうと人肌が愉しめないからな……ククク」

「はぁ……あんたみたな下衆、お断りなんだけど」

「フン……この戦力差でもその口のきき方とは……調教のし甲斐がありそうな猫だ」

「キモ……そんなんだから女にモテないんだって……」

「……うるさい猫だ。 さあ、お前ら、やってしまえ!」


 男が手を前に出し、全軍に突撃するように命じる。

 それと同時にユンヌは動き出し、魔法の詠唱をする俺に近づけないように歩兵の足止めをする。


「はっ、女1人で歩兵3人を足止めするとは……大口をたたくだけのことはある。 しかし、これは止められるかな!?」


 死霊術師の言葉と同時に、魔術師3人の炎魔法と弓兵4人の矢が一斉に俺に向かって飛んでくる。

 ユンヌは素早さを活かして矢を剣で器用に叩き落し、魔法に対しては……。


「レイ、これでいい?」


 俺の前にユンヌが立ちはだかり、炎魔法をその一身で受け止めた。


 そして、それと同時に俺の魔法の詠唱が完了し、辺りをまばゆい光が照らし始める。


「な、なんだこれは!? おい! 俺を守れ!」


 そんな中、死霊術師の男の情けない声が響く。


 そして、しばらくして光が収まり、辺りは静けさに包まれる。


「は、ははは……驚かせおって……何も起こらないではないか! おい、お前ら! 今度こそあの男を射殺せ!」


 死霊術師はそう命令すると、弓兵たちが弓を引き絞る。


 そして、一斉に矢を放ち──。




「ぎゃあぁぁぁぁッ!?」


 死霊術師の悲痛な叫び声が木霊する。

 弓兵の放った矢は、死霊術師の身体を貫通していた。


「な、なにをする貴様らーッ!? 俺は、俺はお前たちの主人なんだぞ!? なぜ命令に従わないッ!?!?」


「あっはっはー、これを見てもまだ分かんないかなあ?」


 死霊術師に声をかけるのは……ユンヌ。

 炎魔法を受けたが、その痕は全くない。


「あ……あ……。 ま、まさかお前は……死霊術で……」

「そ。 そういうことね」

「そんな……死霊術で生き返らせた人間は……肌が青白くなるはず……なのに……」


 そう、ユンヌは生きているかのように、普通の肌の色をしている。


「と、いうことは……さっきの光は……」

「そういうことだ」


 アルの父親が、剣を死霊術師の眼前に突き立てる。


「ひっ……!」

「お察しの通り、俺も死霊術師だ。 さっきの魔法でお前の配下のコントロールを奪わせてもらった」

「そ、そんな芸当ができるのは……死霊術師でも始祖に近しい者だけのはず……」

「……そんなことはどうでもいい。 お前の今までしてきたこと……清算させてやる」


 俺はアルの父親に合図を送ると、アルの父親は頷き、死霊術師の首を刎ねた──。




**********




「──本来、死霊術師は『悔いを残して亡くなった人の救済』のために使われるものだったんだ。 例えば、幼いこどもを残して亡くなった人を生き返らせ、こどもが成長するまで見守ったり……」

「それがいつしか、私欲のために使う者が出てきて、今では兵器の一つとして使われるように、と」

「ああ、だから俺はそういう使い方をしているやつを探して旅をしているんだ」


「ぎゃあああっ! も、もう許し……」


 俺とアルの父親が話している後ろで、死霊術師の断末魔が幾度となく繰り返される。

 俺は死霊術師を死霊術で生き返らせ、何度も何度も死の苦しみを味わってもらっている。

 死霊術師を手にかけているのは、今まで死霊術師に配下として強制的に従わされていた人たち。

 これでその人たちの気がある程度でも晴れるならいいのだが。


「大丈夫だ、精神が狂っても元通りにしてやるから」

「い、嫌だ……お願いだから、も、もう許してくれ……」

「……そんなことを言う人たちを、お前は今まで何人その手にかけてきた? 自業自得だ」

「そ、そんな……」



 死霊術師の断末魔は、一日中止むことはなかった……。




**********




「兄ちゃんたちありがとう! あいつを倒してくれただけじゃなくて、父さんまで……」

「私からもお礼を言わせてください。 あなた方のおかげで、この子が成人するまで見守れそうです」

「いや……同じ死霊術師が迷惑をかけてすまなかった。 死霊術なんてものがなければ、命を落とすことだってなかっただろうに……」

「いえ、死霊術にしろ、私の使っている剣にしろ、力の使い方を誤れば誰でもあの男のようになってしまいます。 力をどう使うか、それをあの男が間違っていただけにすぎません。 あなたの死霊術のおかげで救われる人も多いでしょうしね」


 アルの父親はそう言うと、俺の後ろに控えている死霊術師の元配下たちに顔を向ける。

 彼らはやり残したことを清算するため、俺の旅についてきてくれることになった。


「そう言ってもらえると助かる……ああ、ちなみにやり残したことを全て終わったと思って満足してしまうと、成仏してしまうから気を付けてくれ」

「なるほど、わかりました。 ということは、お連れの方も何かやり残したことが……?」

「あたし? あたしは死んだときの心残りは清算できたんだけど……」

「そうすると、新しくやり残したことができてしまった、と」

「うん。 レイとのこどもが欲しくなっちゃって……」

「おい、ユンヌ。 余計なことは……」

「いいじゃない。 それに、今の死霊術ではこどもを残せないけど……もしできるようになったら、もっとたくさんの人を幸せにできるじゃない」

「そ、そうかもしれないが……」


 ユンヌの言う通り、死霊術で生き返らせた人は死んでいるから、新しい生命を宿すことはできない。

 死霊術を生み出した始祖ですらできなかったのだ。

 だから、こどもを作るのは『今は』無理なんだろうけど……。


「まあ、それならそれでレイとずっと一緒にいられるってことだから、あたしとしてはそれでもいいんだけどね」

「はぁ、ユンヌはほんと、能天気だな」


 まあ、そこがいいんだが。


 とうっかり口に出してしまいそうになったが、慌てて口をつぐむ。


「ははは、でもお二人ならいつかできそうな気がしますね。 ……それでは、どうかお元気で」

「ああ、死霊術を私欲のために使っているやつがいる限り、この世界を放浪しながら駆逐していくよ」




 こうして。

 死霊術師と猫獣人の旅は今日も続くのだった。

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