前世の記憶があるモノ
「私という存在を消す?」
「えぇ、でも、問題が解決したら必ず貴女を助けて差し上げます」
計画はこうだ。私を修道院に送る馬車をならず者に襲わせ、私は誘拐され死んだ事にする、そして子爵が街の中心部にある神殿まで姿を隠す術をかけ、神殿の中に入り身を隠す、そして、子爵の手伝いをしたら開放、晴れて公爵令嬢として復帰出来る、というモノだった。
「そんな危ない計画、誰が手を貸すとお思いですか?」
何もかもめちゃくちゃだ。まずならず者に襲われて私が死ぬ可能性があるし、神殿には選ばれしモノしか入れない。私も中に入った事はないし、中に何が有るのか記された文献も無い。第一、結界があって入れないのだ。私も謎の壁に阻まれて入れなかった。誰しも一度は幼い頃に入ってみようと試すが、入れる人なんているんだろうか?
それに、子爵の手伝いをするというのは何だ?ならず者に襲わせるという計画を立てるような人間の手伝いが真っ当なモノである保証は無い。いや寧ろ真っ当では無い事である匂いしかしない。大体、晴れて公職令嬢として復帰出来るとはなんぞや?この状況で無理ゲーだぞ?
「いいえ、貴女は私に力を貸して下さる事でしょう。貴女は、私が探していた転生者なのですから」
は?転生者?
そう思った時、子爵が袖に隠していた魔石を振りかざす。すると…
「あ、あぁ、あぁぁぁ」
あたしは、今度こそ完全に、シホだった時の記憶を取り戻したのだった。
「どうです、気分は?」
子爵が心配そうな顔をして私の顔を覗き込んだ。
「くそっ、お前はサイコパスかっ!」
私は、淑女らしからぬ暴言を吐いた。
子爵はちょっと驚いている。
「一体なんなのよ、あんた何企んでるのよ!」
「ふむ、まだ記憶が混乱しているのでしょうか?」
子爵は、社交界の宝石と言われたその美しい顔を曇らせ、片眼鏡を掛け直す。
「混乱も何もないわよ、全部思い出したわよ。あたしが日本に生まれた事も、事故で死んだ事も」
そういうと、またも子爵は考え込む。
「おかしいですね」
「いやおかしいのはあんたでしょ、なんであたしが転生者だと分かったのよ。あたしだって知らなかったのに」
「それを説明するには時間が足りません。兎に角、私は貴方を救いたい」
そう言って子爵は、あたしの手を取り、真っ直ぐにあたしを見つめる。
「え、え、えぇっ」
美し過ぎる顔面で、あたしを労わるかのように憂いをおびた表情をして、そっと耳から美しいテノールが頭に響く。
「どうか、私と共に来て下さい。必ず貴方をお救い致します」
攻撃力抜群である。あの、美しい顔と声でそう言われれば、ただの一般市民であったシホであるあたしには破壊力がありすぎる。いや、ミルリーフの記憶の中でも未婚のミルリーフにそんな経験などない。社交界では、誰にもなびかない、あの方は魔術書と結婚なされたのだと言われていたあのトルネード子爵がこんな事を言うなんて信じられない。何かあるのだとしても、この顔を崇めただけで生きていた価値があるかもしれない。
「わ、分かったわよ。」
気付くとあたしは、そう言葉にしていたのだった。