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第64話 ザラクの捧ぐレクイエム

 「ところでアーリナ様。バジリスクはその鞄の中にでも仕舞われているのですか?」


 「はぇ? えっと、それなんだけどね。ザラクになついたみたいでついてっちゃった」


 「は……?」


 そんな話をアーリナたちが口にしているのと同時刻──。


 「お、お前……どうして、ここに……」


 「ぎしゃしゃ~あ」


 ザラクの前にいるのは、一回り小さなもう一頭のバジリスク。紛れもないバジコだ。ザラクが驚くのも無理はないが、それ以上に顎をガタガタと震わせていたのはアザハルの方であった。


 「何故だ……なぜ、アイツがここにいる……ドレイクは一体どうなっておるのだ……」


 次から次へと、訊くまでもなく暴露してくれて本当にありがとう。ザラクは謝意を込めて、唇の端を吊り上げた。


 この際、バジコがどうしてここにいるのかなんてどうでもいい。とにかく、そのお陰で窮地は脱したが、バジコがアイツに勝てるとは到底思えない……先ずは逃げ道を確保しなければ、などとザラクは思案した。


 彼はバジコに対し「少しだけ時間を稼いでくれ」と、言葉が通じるかは抜きにして伝えた。


 「ぎしゃ!」


 バジコは威勢よく、まるで『了解(ラジャー)』よろしく一鳴きすると、瞳孔を縦に細めて敵を睨んだ。


 次の瞬間、バジコが大蛇目がけて飛びかかり、ザラクは急いで部屋の出口を探して動きだした。だが、当然相手はバジリスクだけではない。アザハルが不服を眉間に刻み、ザラクの前に立ちはだかった。その手には、赤紫色の液体が滴る薄刃の剣が握られていた。


 「お~っと、貴様はどこにいくつもりだ? 生憎だが、この部屋から出ることは天地がひっくり返ろうとも叶わぬぞ。ここには出口などないのだからな」


 「そうなのか? まあ確かに、出口らしいものは見当たらないな。じゃあ訊くが、出入口がないってんなら、逆に入ることもできないじゃないか。お前もここに間違って落ちてきたのか? ったく、ざまあねえな」


 「フッ、馬鹿め。私を貴様と同類扱いするでないわ」


 「へえ~いうねえ~。まあ確かに、俺みたいな凡人とは違って、出来るヤツの考えってのはわかんねえな……やっぱ、すげえ仕掛けでもあんのか?」


 目を眇め、相手の心を見透かすような言葉を投げかけたアザハルだったが、逆にザラクに乗せられ、溢れる嬉しさを押し殺すが如く唇を震わせた。頬までひくつき、その感情を全く抑えきれていないご様子。


 「ほう。私との格の差、貴様は十二分に理解しておるようだ。仕掛けと括るは些か陳腐ではあるが、まあよかろう。あの壁に一つだけ、色が違う箇所が見えるであろう?」


 「ん? 全然見えねえけど、どれだよ」


 「まったく、世話の焼ける。貴様の目は横にでもついておるのか。あれだ。あの取手の右隣をよおく見てみろ」


 「おっ、あった! あれを押せば開くのか……なるほど、お前はそこから出入りしてるわけだ。流石だな!」


 「そうであろう、そうであろう」


 結果、探す手間なくこれまたアザハルが吐露した。ついつい口が滑りやすいタイプなのだろうか。それに何が仕掛けと呼ぶには陳腐すぎるだ。どこからどう見ても、仕掛け中の仕掛けじゃねえか──ザラクは薄目にアザハルを見つめ、胸奥では強くガッツポーズを決めていた。


 彼はついでとばかりに手のひらを合わせて、


 「そいじゃま、俺たちはここいらで失礼すっからさ。このまま帰してくんね?」


 と、お願いしてみた。しかし、この返事を訊くよりも先に、赤紫の刃がザラクの前髪をスッと掠めた。


 「ふっ、何を言っておる。ここから出ることは叶わぬと初めに申したであろう。貴様がいかに出口を知ったところで、所詮は無意味なことだ」


 アザハルは何食わぬ顔で平静を装ってはいるものの、目尻がぴくぴくと振れているのをみると、心中では『言っちまった……』とでも悔いているのだろう、と、ザラクは察した。


 (ちっ、やるしかねえのか……)


 だがこうなってしまっては、アザハル(ヤツ)との一戦を避けては通れない。仮にも、王国最強と名高い騎士団の副団長を務める男だ。いくら弱そうだからといって、見た目どおりとは限らないし、実際そんなことはないはずだ。


 モーランドの下で修業を始めて日も浅く、正直、今の自分の剣でアザハル(ヤツ)と対等に渡り合えるとは思えない。ザラクの想定では、出入口を見つけてバジコに合図、そこから颯爽とその背に跨って一気に脱出──まるで、白馬に跨り敵の陣から脱する勇者のような逃走劇を思い描いていたのだ。


 (歴とした騎士を相手取るには、まだ力が足りねえ……それに相手は毒。あれは触れるだけでもやべえぞ……これからどうする……って、ん?)


 アザハルと見合いながらも、ザラクは自らに起こった異変を感じ取った。いつもよりやけに視界が広い。あるはずのものが、ない……。


 「うっ、うぉいっ!……お、俺の前髪が……ねえっ!」


 その叫び声どおり、ザラクの前髪は掠めた毒によって溶け落ちていた。彼の足元には、()前髪がどろりとした液体となって無残な屍を晒していた。


 「なっ、なんで……」


 ザラクは全身を震わせた。王都に来てからというもの、お気に入りだった服の袖は無くなり、そのうえこだわりの前髪までもが失われた。


 「何で俺だけ、奪われるんだ……身分も何もかも、ふざけんじゃねえ……もう逃げるのは止めだ、お前をこっからしょっ引いてやる……」


 ザラクはキレた。前髪に袖、そして失われた身分までも引きずり出し、彼はぶちぎれた。短剣を両手に力強く構えたザラク。瞳に恨みの炎を燃やした彼は、一歩ずつ前へ、アザハルへと詰め寄る。


 もはやザラクの意識からは、『勝てない』という悲観の文字は消え去っていた。心にその刃で刻むは、復讐の二文字。亡き前髪に捧げる、彼なりの鎮魂歌(レクイエム)である。


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