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第63話 毒とは愛おしきもの

 ザラクは男を警戒しながら周囲にも視線を走らせる。地下だというのにこれだけ明るいのは、壁に埋め込まれた魔石のお陰だろうか。広いわりには物が置かれているのは男の立つ一角だけ──。


 思いがけず早々に、アザハルと対峙することになったザラク。直ぐにでも城の衛兵を呼ばれるかと思ったが杞憂だった。


 「おのれ……どうしてここが……」


 身を固め、苦虫を噛み潰したかのような表情。あの様子からすると、この場所はアザハル(ヤツ)にとっての秘密部屋。大小複数の机と、上に並べられた液体入りの硝子管。火にかけられた大きな鍋に丸底瓶──そのどれもが、毒々しい色を放っていた。


 離れていても鼻を突く匂いのせいで、否応なしに口呼吸をしたくなる。この部屋で毒の研究をしていることは明らかだ。


 (アイツ、焦ってんな……まあそれもしゃあねえか。バレたら極刑の禁忌の毒ばかりなんだろ)


 両者の睨み合いが続く中、ザラクはふと思った。証拠はここに詰まってるし、このまま捕まえちまえば、万事解決じゃね?と。


 ザラクはさっそく腰に下げた短剣を取り出し、両手に構えると「お前が『アザハル』っていうんだろ? もうてめえの悪事は分かってんだ。大人しく投降しろ」と言って迫った。


 かたやアザハルは奇を()らったのか、急に「ブゥワッハッハア」と腹を抱えて大笑いをした。


 「何を言い出すかと思えば、投降しろだと? この状況では逆であろうが。王城に許可なく侵入しているのだからな。貴様こそ投降──いや、死罪か。しかしちょうどいい。たった今完成したところなのだ。試してみることとしよう、貴様の命でな」


 アザハルはそう言いつつ、壁にあった取手を下にガチャリと降ろした。その直後、擦れる金属音を鳴らして鉄柵のようなものが上がったのを、ザラクは背後に感じた。


 「ギュララ……」


 人ならざる者の呻き、床を這いずる蠢きの音──ザラクの耳が攻撃の音を訊いた。大口を開けて牙を剥きだし食らいつく、巨大な何かの吐息を。


 ザラクはアザハルから視線を外さぬままに、床を蹴って宙に跳び上がる。襲い掛かった何かの頭部を手で押しつけ、その反動を利用して後方宙返りで避けた。


 「ほう……やるではないか」


 動じることなく、咄嗟の判断で躱したザラクの動きにアザハルが関心する。ザラクが着地して顔を上げると、そこにはゴツゴツしい岩肌の蛇の姿があった。


 「そ、その蛇! まさか、バジリスクじゃ?!」


 ザラクは驚くと同時に、慌てて持っていた白い布で鼻から下を覆った。バジリスクに顔を認識されたら最後。あの蛇の目には、石化の力が宿っているのだから。


 「ったく、クラウスのヤツ、いい加減なことぬかしやがって……何が希少な魔物だ。もう一体いたじゃねえかよ。しかもこっちの方がヤバそうだぞ……」


 緊張の雫をゴクリと飲み、ザラクは武器を手に身構える。ゆっくりと蛇が此方を振り向き、その目が鋭く赤閃光を放った。


 「ふんっ、貴様もバジリスクの石化能力については既知のようだ。とはいえ、そのような粗末な剣二本持ち出したところで、よもや太刀打ちできるとでも思ってはおるまいな?」


 アザハルが薄く目を眇める。男の頭上高くからは、バジリスクが鎌首を持ち上げ見下ろしている。ザラクは短剣の柄を強く握り、奥歯を強く噛んだ。あの男一人が相手なら何とかなったのかもしれない……だが、現状は分が悪い。


 毒剣の使い手とも訊くアザハルに加え、さらには伝説のバジリスクがその傍らで牙を光らせている。ザラクは今、自らの窮地にどう抗うべきかを押し黙って考え込んだ。


 「フハハハッ、先ほどまでの威勢の良さはどうしたというのだ。んまあ、それも仕方あるまい。冥途の土産に一つだけ、貴様に教えてやろう。私は伝説を僕とした。バジリスクは我が研究によって、ついに従蛇となったのだ。毒は強く愛しきもの。その頂点に君臨する毒こそ、バジリスクが持つ輝きそのものなのだ」


 アーリナが味方にした蛇とはわけが違う。ここにいるのは完全に成熟しきったバジリスクだ。それを一体どんな研究なのかは分からないが、この男は完全に手なづけてしまっている。バジリスクに対して顔を晒しているというのに、石化していないのが何よりの証だ。


 それにしても、アザハルという男は自己顕示欲の塊みたいな男だ。こちらから訊く前に何でもかんでもペラペラと零しやがる──ザラクはその軽口に乗って、流れのままに口を挟んだ。


 「輝きか……お前はよっぽど、毒というものが好きなんだな」


 「ほう? 黙っていたかと思えば……貴様は毒をどう思う? 関心はないのか?」


 「ん? そりゃああるさ。毒といやあ、色んな用途に使えるし、攻守ともに最強だろ」


 ザラクの返しに、アザハルの頬があからさまに緩んだ。


 「そうだ、まさしくその通りなのだ。口は悪いが、意外と見どころがあるではないか。貴様が言ったとおり、攻撃としても、あらゆる回復手段の用途としても使える代物。それを愚鈍な王は、禁忌だ何だのとうるさくてかなわん」


 「そうだな。毒を身を滅ぼすものとばかりに考えてちゃ、研究も表立って進まねえわな──で、バジリスクなんてどこで見つけてきたんだ?この辺にはいないんだろ?」


 「フッ、貴様も欲しいのか? 気持ちは理解するが、それは叶わぬ願いだ。このバジリスクは、帝国より私に下賜された特別な個体。その辺を這いずる有象無象の蛇と同列に考えるは、無礼というものだ」


 この瞬間、ザラクは思わず目を見開いた。


 (帝国……つまり……そ、そうか! 国境を超えれないと踏んで、海を渡って侵攻するつもりか!)


 これは国家転覆を謀ったアザハルの野望。一刻も早くアーリナたちに伝えなくては……。ザラクはとにもかくにもこの場を乗り切る何かを探るため、時間稼ぎに調子のいい言葉を投げ続けた──がしかし、


 「どうしたのだ、そのような顔を。そろそろ話し疲れたのではないか? まあよい、貴様の命の代償にしては少々話しすぎたやもしれぬ。これにて終幕としよう。バジリスクよ、あの者を喰らい尽くせ」


 アザハルは、三つ編みされた自身の前髪を指先で撫でつつ、唇の端をニタリと吊り上げた。男の体を中心にして蜷局を巻いていたバジリスクが、その頭上から再び牙を剥いて飛びかかった。


 ザラクの動揺に満ちた瞳には、毒が滴る牙だけが映りこんでいる。彼は床を蹴って体を捻り、バジリスクの直線的な攻撃を今度は横に避けようとした。


 「くっ、そんなのありかよ?!」


 真っすぐだった蛇の体がうねり、避けた彼を追尾した。ザラクは瞼を閉じ、バジリスクの体が空を切る音だけに集中した。


 「ぎしゃしゃあー!」


 「ギュララー!」


 そのとき、相容れぬ二つの鳴き声がぶつかった。肉の塊が叩きつけられたかの如く、バチンと音を鳴らして着地する何かと、一方で床に落ち、ずるりと這いずる湿った蛇の体。


 ザラクの耳から窮地の音が退き、彼はゆっくりと瞼を開けた。


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