第62話 王城潜入
少し時が流れて現在──。彼らは二手に分かれ、事態解決に向け動き出していた。アーリナとクラウスがいるのは、【王城グランファルナス】が橋をかけたエルムガレド自治区内。クラウスが愛馬『ミーサン』を飛ばして駆けつけたのだ。
彼女たちは王城にほど近い路地に身を潜め、付近の様子を窺っていた。
「へえ~、あんたがミサラの教え子だったなんてねえ~」
「ええ、それよりもアーリナ様。貴方様は格式高いクルーセル家のご令嬢なのです。そのような物言いはお控えになられた方がよろしいかと。あんたではなく、僕の名はクラウスです」
「はいはい、クラウスね」
「『はい』は一回でお願いします」
「まったく、ミサラみたいなことを言うのね……と、そんなことより監視よ、監視!」
彼女たちの雑談はさておき、騒ぎの起きているドレイク自治区については、ガトリフとバスケスが対応に当たっており、一方のザラクは王城の内部を探っていた。
『情報収集なら俺に任せておけ。まあなんてったって、この耳があるからな。一人の方が動きやすいし、お前らはここで大船に乗ったつもりで待っていろ』
そう自信満々に言うものだから、ここは素直に任せることにしたのだ。まあ、その方が私たちは楽……もとい、類まれなる聴力を持っているザラクの方が適任だと思ったから。
ザラクの耳は常人の域を超え、微細な音まで聞き分けることができる。そのうえ、音を発した者の動きまで追うことができ、バジコと戦った際もその聴力を遺憾なく発揮していた。
(あ~あ、これ以上、身分を晒すわけにもいかないからなあ~。隠密重視でいかなきゃ……)
それに身分を隠して王都を訪れたというのに、すでに二人に身バレしてしまった。ガトリフ、それにクラウス。
一先ず彼らの場合は事情を理解してくれたから良かったものの、その他大勢の騎士たちにバレようものならそう上手くはいかないはず──。
(私が隣町どころか、王都になんて来たと知れたら、きっと、我が家は大ごとになる……。絶対、ぜ~ったいに、両親にだけは知られるわけにはいかないわ)
だからこそ、円滑に任務を遂行するためには情報こそが命綱。今アザハルがこの広い王城のどこに居て、どんな企みを抱いているのか。城の守りを固める騎士達のうち、誰が味方で誰が敵なのか──ザラクの耳を以てすれば、多少なりとも手がかりが得られるはずなのだ。
アーリナとクラウスは、その吉報を待ちつつ雑談に耽る。
その頃、王城内では──。
「ふう~、やっと中に入れたぜ。けどよ、ここって一階だよな? あんまり悪そうな声も聞こえねえし、この辺の奴等は敵じゃねえな……となると、もっと上に上がらないと行けねえってことか」
ザラクが自慢の訊き耳を立てて情報収集に当たっている。しかし、ここに来るだけでもかなり骨が折れた。
昔から城の話を訊いてはいたが、実際に入るのは初めて。それも城に運び込まれる積荷に混じって何とやらで、これぞまさしく潜入っていうやつだ。
着いた先は、煉瓦造りの重厚感溢れる落ち着いた広間。壁には剣やら旗やらの装飾が施され、いかにも城って感じだ。
彼が隠れていた荷物は、この一角に降ろされた。ザラクは見張りの隙を突いて荷の中から抜け出し、柱の陰に滑り込んで周囲をうかがった。
「ったく……正面切って階段で上がるわけにもいかねえし、あの魔器を使うにも見張りいるしダメだな」
見たところ、いくつかの部屋と階段、他には何やら見たこともない魔器が置かれているだけ。上に行くためには階段くらいしか見当たらない。
ザラクは他の手段を探して、柱から柱に身を隠しながら広間の中を調べる。そしてようやく一つだけ見つけることができた。
彼が見ているのは、背伸びすれば届くくらいの位置にある通風口。人一人が入れるくらいの大きさで、覗いてみると、少し奥の方で上にも管が伸びているようだ。
「はあ~、こっから行くしかねえのかあ……。ああやだやだ……」
彼は嫌々ながら入口の鉄柵を外し、覚悟を決めて顔を突っ込んだ。そのまま身体を芋虫のようにクネクネと捻じ込んでいく。
「ぐぅ~、きっつう……おっ?」
潜り込んですぐ、さっそく上下に伸びる突き当りにぶつかった。ザラクは上に伸びる通路に、顔、手、肩と順に注意を払い、体を捻じりながら押し入れていく。
「よしっ、ゆっくり……慎重に……」
だが、そのときだった。最後にかけた足が思いっきり滑ったのだ。
「ぐおっ、あぶっ?!」
ザラクは思わず、叫びそうになる口を両手で押さえてしまった。壁から手を離した彼が向かったのは、上ではなく下だった。
ドスンッ──落下というにはさほどの高さもなく、ザラクの腰が床とぶつかり音を鳴らした。「いててて……」と顔を歪ませながら、腰を擦って体を起こす。
「き、貴様は何者だ……」
そこへふいに、重く不穏な声が置かれた。ザラクが声の方を見上げると、男が一人、こちらを睨んで歯ぎしりをしていた。
「へえ~。俺ってついてんのかついてないのか、よくわかんねえな」
ザラクは側頭部を掻きつつ立ち上がり、その男を睨み返した。彼はその正体に気づいている。七三分に分けられた紫色の長い髪で、これまた特徴的な三つ編みされた前髪。それに陰鬱に沈む紫紺の瞳──。
クラウスに訊いていたとおりの男が、今まさに目の前に立っているのだ。




